« 人はなぜ生きるのか? | トップページ | パリ左岸のピアノ工房 »

2005.10.09

遮光

20050930_014 ある男の喪失の物語である、中村文則・著『遮光』(新潮社)。男のどこまでも色濃く根ざした闇、屈折した感情の揺れ、そういうものが読み進めるほどに深くなってゆくような展開である。光を拒むその姿は、果たして狂っているのか。ありふれたものなのか。ギリギリの危うい境界線のほんの少し手前で、何とか踏み止まっているような印象が残る。愛する者を失った男は、他人が知れば驚愕するような、ある物を持ち歩いている。その異常さをどう捉えるのか。読み手によって、思いは異なるのだろう。そして、この小説に対する好みも多分異なるに違いない。私はかなり好きなのだけれど。

 男が抱える、ある物への強烈な執着心。それは、喪失を埋めるための1つの手段にすぎない。どんな手段を選ぶのか、きっと人それぞれ違うはずだ。彼が選んでしまった手段が、たまたま異常さを秘めたものであった。ただそれだけではないのか。無意識のままとっさに選んだ術が、歪んでいただけではないのか。受け入れるにはあまりに苦しい事実が、彼をそうさせてしまっただけではないのか。そんなふうに考えてしまう私は、彼に心を寄せ過ぎてしまったのかも知れない。私の中の歪みが、彼のものと共鳴してしまったのかも知れない。はっきりしているのは、彼が異常なのだと言い切れないこと。

 育ってきた環境、持って生まれた性質、考え方や主観。そういうものが絡まり合い、絶妙なバランスで一人の人間をつくる(勝手な理論ですが)。私も。もちろん誰もが。目に見えているわかりやすい事柄、その人物から発せられる言葉、そして態度、そんなことでしか他者について理解する術はない。たったそれだけ。たったそれだけの事柄を断片的に知ることができたら、それらを懸命に繋ぎ合わせて、後はただ自分の想像や思いを加えてみるだけだ。出来上がった人物像は、私の主観が作り上げたものに過ぎず、言いたいことや思っていることを上手く隠されてしまえば、本当の姿は見えないままだ。

 物語の男の装いは、途中までは完璧だった。周囲の誰をも騙せていた。男のこぼしたほんの少しの綻びが、じわじわと広がっていったにすぎない。男の作り上げてきた絶妙なバランスを崩したのは、まぎれもなく彼自身である。何かにそうされるように。駆り立てられるように。自分の体内に染み込んだある種の傾向のように。自己陶酔にも似た男の感覚は、拒否と快楽という2つの感情の中に揺れ、ときには自分を見失わせる。自虐的な思いは、愚かだと言ってしまえば、おしまいだ。けれど、この愚かさこそが人間的でかつ好ましいものだと思うのだ。そんな人間ばかりの世の中はあり得なくとも。

4104588024遮光
中村 文則
新潮社 2004-07-01

by G-Tools

もしもお気に召しましたら人気blogランキングへ…
にほんブログ村 本ブログ←素敵ブログがいっぱい!

|

« 人はなぜ生きるのか? | トップページ | パリ左岸のピアノ工房 »

41 中村文則の本」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

ましろさん、こんばんは!
遅ればせながら1周年おめでとうございます!
ワンちゃんの写真がとっても可愛らしかったです。
これからもましろさんの綴られる文章のファンであり続けますね♪

「遮光」…私も心地良く読みました。たぶん受付けない人にはとことんダメな内容なんだろうな、と思いますが、この主人公の気持ちにより近い人にとってはわりと共感出来てしまう部分があるんですよね。
中村さんの他の作品にも非常に興味を持っています。

こちらからもトラックバックさせていただきますね♪

投稿: リサ | 2005.10.10 00:25

リサさん、コメント&トラックバック&嬉しいお言葉、ありがとうございます!
感謝感激。じーんとなっております。
とっても励みになります。ウレシイです。

中村さんの他の作品、私も興味津々です。
どんな本を読んでも影響されやすく染まりやすいのですが、ここまで心を寄せてしまったのは久しぶりな気がしています。
芥川賞受賞作も読んでみたいけれど、次は『銃』を読む予定です。

投稿: ましろ(リサさんへ) | 2005.10.10 18:35

TBさせていただきました。
ましろさん、うまく表現できませんが、中村さんのとりこになってしまったようです。
文章がいいし、若いのに人間の本質を見抜いていらしゃる。ただ、市川たくじさんのようなペストセラーになるようなものは書かないんだろうなぁと勝手に思っています。それが彼の魅力だし、そうでないといけない気がする。

投稿: 早乙女 | 2006.01.02 08:40

早乙女さん、コメント&TBありがとうございます!
をぉ、中村さんのとりこですかぁ。私は「とりこ」の「り」くらいでしょうか。
描かれているテーマと文体に、強く惹かれております。
そうですね。ベストセラーになるようなものとは遠い作風ですよね。
私も今の魅力を貫いてほしい気がします。
でも、映像化されて一気に売れっ子になったりして…と思ってみたりもします。

投稿: ましろ(早乙女さんへ) | 2006.01.02 16:08

こんにちは。『悪意の手記』『遮光』と続けて中村文則の作品を読み(『土の中の子供』は芥川賞受賞直後に読みました)、ちょっと戸惑いつつも、もっとこの作者のことを知りたいと思いつつネット上で調べていたら、こちらにたどり着きました。実は、どう読んでいいのか戸惑いながら、もっと読みたい・彼について何か書きたい、と思っているところです。とても参考になりました。また拝見しにきます。

投稿: 荒城織比古 | 2006.05.03 14:14

こんにちは。本文が消えてしまったので再度コメントします。「遮光」「悪意の手記」と続けて読み(「土の中の子供」は芥川賞受賞直後に読みました)、もう少し作者のことを知りたいと思いながらネットで調べていたら、こちらに辿り着きました。参考になりました。また拝見しにきます。

投稿: 荒城織比古 | 2006.05.03 14:19

荒城織比古さん、はじめまして。コメントありがとうございます。
このブログ、かなり重いもので。すみませんでした。

私の書いた拙い記事が参考になれば、とても嬉しく思います。
荒城さんのブログに、ぜひお邪魔させてください。
今後もどうぞ宜しくお願い致します!

投稿: ましろ(荒城織比古さんへ) | 2006.05.03 17:42

こんにちは。TBとコメント、ありがとうございました。わたしも、この本がとても好きです。実は図書館で借りて読んだんですけど、買おうと決意したくらいです。いやー、痛々しい本で、読み応えありました!でもある意味、素敵でした!

TBもお返ししたかったのですが、なんかできないみたい。相性がわるいのかな?また、来ます。ではでは。

投稿: ゆうき | 2006.08.01 00:07

ゆうきさん、コメントありがとうございます!
さすが★マークだけあって、“とても好き”に激しく反応してます(笑)
それに痛い小説、わたしはどうやらかなり好きみたいです。
それから、若い作家さんにしては密度の濃い文章だというのも、
なかなかいいですよね。ホント、読み応えのある作品でした。

TBの件、ご迷惑をおかけしてすみません。
あまりにもスパム対策をし過ぎていました。
解除したので、今度はできるかと思います。
よろしければまた、お願い致します!

投稿: ましろ(ゆうきさんへ) | 2006.08.01 12:23

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/6324112

この記事へのトラックバック一覧です: 遮光:

» 『遮光』中村文則/新潮社 [ひなたでゆるり]
遮光中村 文則新潮社2004-07-01by G-Tools 愛する者を失った「私」は、他人が知れば驚愕する、ある物を持ち歩いている。しかし、それは狂気なのか…。陰影濃く描き上げた喪失と愛の物語。第129回芥川賞候補作。ただただ暗く苦痛。病的ともとれる主人公の行動と胸の内を淡々と描く。愛する人を失ったとき、その愛する人の一部分を所有したい衝動は誰しもとは言わないが、きっとあるのだろうと思う。彼女のそのモノを持ち歩くことで失ったことを認めずにいられる。悲しみを押し殺し、嘘の自分を演じる。主人公の場合... [続きを読む]

受信: 2005.10.10 00:19

» 遮光 中村文則(新潮社) [作家志望の日々]
遮光中村 文則 新潮社 2004-07-01売り上げランキング : 301,169Amazonで詳しく見る by G-Tools 究極の愛をテーマにした作品といっていい。 僕と美紀は些細な行き違いで知り合う。美紀が出張ヘルスをしている時、呼ばれた部屋の隣に迷い込んだのがきっかけ。 そして、二人は..... [続きを読む]

受信: 2006.01.02 08:33

« 人はなぜ生きるのか? | トップページ | パリ左岸のピアノ工房 »