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2005.10.24

感光生活

20050610_222050 自分の中に潜む、よくわからない感情というものを物語にしたような、小池昌代著『感光生活』(筑摩書房)。15の短篇は、いずれも著者を思わせる主人公。その日常を綴っているのかと思って読み進めてゆくと、不思議な世界にいつの間にか深く深く入り込んでいることに気づく。気づいた私の中心にあるのは、とてつもなく大きな不安。けれど、この不安は何だかいつもと違うように感じられる。そわそわするとか迷いを感じる類のものではなくて、心地よくてほんのり暖かいような感じなのだ。間違いなく“不安”であるのにもかかわらず。先へ行くほどに高まってゆく思いは、物語を恋しくも愛しくもさせる。こんなにも相性のいい作品との出会いは、貴重だろうなぁと思う。

 著者は詩人として知られる方。そのせいか、紡がれた言葉がとても美しい。文章の区切りが絶妙である。リズムがいい。音読したときに、それらのことがはっきりとわかる。句読点の多さと行間のバランス、漢字と平仮名の選択まで、佇まいがとっても素敵である。中でも、私が心惹かれてしまったのは、“あなたは確かなひとのようだ”という一文。言い切っているのにやわらかなのは、平仮名が多いからだろうか。そして、何より、“確か”という言葉の使われ方がいい。こんな使い方を、私は初めて目にした気がする。「島と鳥と女」という話の中、美術館にて一瞬で目を奪われた男性に、主人公が言われるのだ。この物語に酔う私は、夢見がちな女かもしれないけれど。

 一番初めの「隣人鍋」は、引っ越してきたばかりの夫婦に渡された食べ物に対する嫌悪が、顕わな話。断ることも食べることも捨てることも出来ず、臭気を放ち元のかたちを失うほどに置いたまま…。この物語を読みながら、私は自分の心に深く根ざしている、幼き頃に差し出された黒いカルピスを思い出していた。伯母が冷蔵庫に眠っていた、いつのものとも知れないカルピスを手に、“チンすれば大丈夫よ”と私に温かなマグカップを勧めた日のことを。伯母が見守る中、私はそれを飲み干した。何も言えずに、たぶん全部。伯母は、誰かに注意されることになるのだが、それから私は差し出されるものに神経を張りめぐらせている。賞味期限は当然のことである。

 もうひとつ。「クラスメイト」について。この物語は、結末に漂う暗い感情が物凄くいい。ドロッとした余韻が、気に入ってしまった。葬り去った記憶を辿ってゆくとき、そういうものと出会うことはとても多いことを教えてくれる。他者から見た自分、自分に対して他者が抱いているであろう感情、それらはなかなか知る機会がない。当たり障りのない言葉や、気遣われた言葉、飾られた言葉に邪魔されて、心の奥底の思いは隠されてしまう。隠しきれるかどうかは別として。暗い闇に根ざした感情は、その心の持ち主にしか残らなかったりする。自分にとって都合の悪いものは、脚色されてしまったりするからだ。この物語の人物は、微かな言葉の棘にさらりと思いを託していたのかもしれないが。

4480803815感光生活
小池 昌代
筑摩書房 2004-06

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21 小池昌代の本」カテゴリの記事

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コメント

この言いようのない不安を日々感じている私。
それがどういうのかはっきりわからないけど、だんだん形を変えながら確かに大きくなっていく。
だから、この記事を読んだとき、ビビビっとくるものがありました。
ぜひ、読んでみたいと思います

投稿: sonatine | 2005.10.25 09:58

ましろさん、こんにちは。

詩人の方が書かれる文章は、独特の視点や言葉へのこだわりが
ひしひしと感じられて美しく、
読むのがとても心地良いですよねー。
「島と鳥と女」がどんな作品だったのか、まだ覚えていますが、
そんな言い回しの一文があったとは^^;。
読み手である私の方が文章に敏感じゃないみたい(苦笑)。

詩は…ですが、これから小説など書かれるのでしたら、
小池さんの文章をまたぜひ読んでみたいです。

投稿: 七生子 | 2005.10.25 11:27

ごきげんいかが( ´Д`)ノシ☆

この人の詩 結構すきなのよぅ
活字リハビリに読んでみるね(´∀`*)
相性いいかなぁ・・・楽しみ

ブックオフいこっと←ビンボw

投稿: まろえ | 2005.10.25 22:37

ましろさん☆コメント&トラバありがとうございます。
この本を読んで感じたのは、こういうことっとありそうだなぁっていう、不思議な現実感です。
「クラスメイト」のような感覚って、一番怖いのかもしれないなぁ。

投稿: Roko | 2005.10.25 23:05

ご無沙汰デス。
レビュー読んで興味をそそられました。
キレイな言葉って大好き☆
早速ケータイにメモしたので、今度本屋さんで探します♪

投稿: ユエ | 2005.10.26 00:01

sonatineさん、コメントありがとうございます!
ビビビっときましたか。何だかとっても嬉しいです。
不安の種類は違うかも知れないけれど、
その不安がよい意味合いでsonatineさんの中で大きくふくらんでいるのだといいなぁと思います。

投稿: ましろ(sonatineさんへ) | 2005.10.26 13:14

七生子さん、コメント&TBありがとうございます!
同じく詩は…な私です(笑)
どれもが素晴らしい気がしてしまって、自分の発している言葉がとても醜くて汚れたもののように思ってしまってます。
だから、自然と避けているのです。

詩人の方の小説は、ホントいいですよね。
小池さんの文章、私もまた読んでみようと思います!

投稿: ましろ(七生子さんへ) | 2005.10.26 13:20

まろえさん、コメントありがとうございます。
わぉ。体調は悪いのだけれど、嬉しくてウキウキと舞い上がり中です。
小池昌代さんの詩、好きだったのですねー!
詩はすごく苦手だけれど、手を出してみようかしらという気分になってきました。

投稿: ましろ(まろえさんへ) | 2005.10.26 13:27

Rokoさん、コメント&TBありがとうございます!
まさに、心地よくも“不思議な現実感”を感じる話ばかりでしたよね。思わず自分の周囲のそれを探してしまったほどでした。
「クラスメイト」の感覚は、怖すぎです。思い当たるだけに、とっても…

投稿: ましろ(Rokoさんへ) | 2005.10.26 13:40

ユエさん、コメントありがとうございます!
興味をもっていただけて、とっても嬉しいです♪
探させてしまってばかりで、恐縮な気もしつつ…
ケンタちゃんに会いに、またお邪魔しますね。

投稿: ましろ(ユエさんへ) | 2005.10.26 13:49

あなたは確かなひとのようだ、か。

ぼんやりとした確信は無根拠であればあるほどに強い。
そういうことを最近、つねに考えています。
おそらく、確かなひとに出逢ったんです。たぶんね(笑)。

おはようございます、ましろさん。

投稿: 藤尾華子 | 2005.10.27 05:30

藤尾さん、コメントありがとうございます!
そして、おはようござます。朝から冴えてらっしゃる。

私の確信は、どうなのだろう…と考え始めてみたら、
どれもが無根拠で主観的なものでした。
そういうものを大切にしたくなるのは、強い結びつきである確かなものだからでしょうか。

投稿: ましろ(藤尾華子さんへ) | 2005.10.27 07:46

ましろさん、はじめまして、Sachiと申します。

先ほど、こちらの記事にトラックバックさせていただきました☆

昨日小池さんの『感光生活』を読み、自分のブログに簡単な感想を書きまして、bk1の本の詳細ページにTBを送りましたら、こちらのブログがトラックバックにあったので、拝見させていただきました。

とても誠実に丁寧に書かれていて、色も見やすく工夫されていて、しかも同じココログだったので、うれしくなってTBさせていただいた次第です。

本の趣味がかなり合う部分があるようなので、今後もまたTBさせていただくことがあるかもしれません。

そのときはまたよろしくお願いします。m(__)m

投稿: Sachi | 2006.01.09 16:04

Sachiさん、はじめまして。コメント&TBありがとうございます!
とっても嬉しい言葉をいただいて、照れながら感激しております。

同じココログ、似た雰囲気の漂う本の趣味、親しみを感じるお名前(昔からのお友だちみたいに)、丁寧に紡がれた文章。
ブログでつながる素敵な出会いに感謝したいです。
今後もどうぞよろしくお願い致します!

TB大歓迎しております。私からもぜひさせてくださいネ。

投稿: ましろ(Sachiさんへ) | 2006.01.09 21:05

古い記事にすいません。
またTBさせていただきました。

たくさん読まれてますよね、小池さんの本。
ぼくも興味もったので、
また参考にさせていただきます。

それにしても詩人はかっこいいですねぇ、
こんな日常の話でも。
これは勝手なあこがれなのかな。。

投稿: スマイル | 2008.03.07 23:46

スマイルさん、コメント&TBありがとうございます。
古い記事にも大歓迎ですので、お気になさらずに!

もう3年も経ったのに、未だ詩集は1冊しか読んでいないのですが、
小説やエッセイは追いかけている最中です。
いいですよね~詩人の方って。
他にも蜂飼耳さんや平田俊子さんなどなど、
注目している詩人&小説家の方がいたりします。
わたしはこの作品のような日常をテーマにした作品が、
実はすごく好みだったりするんですよ。

投稿: ましろ(スマイルさんへ) | 2008.03.08 08:04

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