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2005.10.31

すべての小さきもののために

20050916_218 “あれは命だよ”その言葉にはっとして、頁をめくる手を止められなくなった、ウォーカー・ハミルトン著、北代美和子訳『すべての小さきもののために』(河出書房新社)。Modern&Classicシリーズを読むのは、これで2冊目。物語の主人公は、幼い頃の自動車事故がもとで知的障害をもつボビー。無垢で傷つきやすい心の彼は、義父の虐待を逃れて“地の果て”という岬のあるコーンウォールの森に迷い込み、小動物の埋葬をする小さな男・サマーズと出会う。物語は、ゆったりとした時間のなかに読み手を誘い、せわしなく過ぎてゆく日常を忘れさせてくれる。短い物語だけれど、あたたかで切なくてほろりとくる。

 冒頭の言葉。これは、ボビーの出会ったサマーズが、雌牛を指して放ったもの。指したのは確かに雌牛である。続けてサマーズは言う。雌牛のかたちをした命だと。小動物に対するやわらかな眼差し。その先には、それだけにとどまらないこだわりを感じさせる。物語の背景にある自然回帰の時代に終わらないのだ。小さきものの命を守ることは、自分の命を守ることに繋がってゆく。“自分の命”…その言葉の響きに、その重みに、明日のことすら考える余裕のない自分自身に気づく。ほんの少し先の、そう、わずか数分後のことにも希望が持てないことを自覚するのだ(あくまでも私の)。物語に逃げることで、そういうものから避け続ける自分を。

 ボビーの物語は、逃げることから始まっているために、そんな私の心を刺激した。サマーズのことを知るほどに、抱えていた義父への殺意は薄れ、穏やかな日々を過ごすようになるボビー。鳥や花、植物への興味は日に日に増してゆく…。そんな中でも、義父につながる人物と出会ってしまったり、サマーズとはぐれて帰り道がわからなくなってしまったり、悪夢にうなされたり、ボビーの日々はのんびりの中に落ち着かない。ボビーの見つめる小さきもの、それは、いつの間にかちっぽけな自分への思いに変わる。自分自身の小ささに。ちっぽけな存在に。あぁ、私は小さかったんだ。たいそうな夢なんていらないじゃないか、と。

 それから、この物語には謎もある。読み終えた後で余韻に浸りながら、後半のサマーズの無謀に思える行動がじんわりと残るのだ。訳者によるあとがきでも、その謎については触れられていて、読み手に委ねられた解釈をどう受け取るのか、私はここまで書いても迷っている。小さきものを見つめ続けたサマーズの生きた果てなのか、サマーズの抱えていた過去の重さが選んだものなのか、私にはそんな暗い答えしか思いつかない。1968年に発表されたこの作品、1998年に映画化されているとのこと。日本では2000年に『コーンウォールの森へ』というタイトルで公開されたらしい。こちらも気になるところ。

430920399Xすべての小さきもののために (Modern&Classic)
北代 美和子
河出書房新社 2004-01-17

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コメント

TBさせていただきました。

いろいろなことを思い、考えさせられる本でした。
サマーズさんの謎、ましろと同じように抱えていた過去の重さかなと思いました。そして、ボビーを後押しするため、そしてそれによって自分が救われるためにということなのかなと。
それでもやっぱり腑に落ちないところはありますけどね。

『コーンウォールの森へ』という映画、たしかに気になりますね。ましろさんはもうご覧になったのでしょうか?

投稿: 大葉 もみじ | 2006.09.17 12:14

もみじさん、コメント&TBありがとうございます!
映画、実はまだ観ていないんです…。
観なくては…と思いつつ、そのままで。
やっぱり、原作との描き方の違いが気になるところです。
過去の重さ。腑に落ちなかった点がどんなふうに解釈されているのか。
一番のポイントはそこでしょうか。

それにしても、このModern&Classicシリーズは、
なかなかあなどれない作品ばかりそろっています。
読まねばっ!

投稿: ましろ(大葉もみじさんへ) | 2006.09.17 14:56

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