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2005.10.10

パリ左岸のピアノ工房

20051010_097 最近、ピアノの音色が恋しい。レッスンに通っていたときは、憎らしく感じたこともあるのに、そんな日々も無駄にならずに何らかの形で私という人間を作り上げる、糧となってくれていたらよいなぁと、今では思う。T.E.カーハート・著、村松潔・訳『パリ左岸のピアノ工房』(新潮クレスト・ブックス)は、幼い頃よりピアノに魅せられていた著者が、思わず惹きつけられた工房を中心に描かれる小説っぽいノンフィクション。繁華街から離れた裏通りで営まれるピアノ修理専門のその工房では、新たな生命力を吹き込み、音楽の歓びを甦らせてくれる職人がいる。ピアノという楽器に対する深く厳しくもある愛情が、ほんのりとした切なさと温かさを感じさせてくれる。

 著者とピアノ職人の関係は、ゆったりじわじわと深まってゆく。後になってくるほどに、それはフランス人の本質的な慎重さと堅苦しさを反映しているのだとわかるのだが、私にとってはとても好ましいものだった。著者は“近所のアメリカ人”であるのだけれど、ずっとピアノ職人のペースで話は進む。相互信頼と恩義が複雑に絡み合った楽器の取引の世界や、それに伴う職人の世界は、専門的な話になればなるほどに魅力的で美しく繊細なものになってゆく。ピアノの仕組み、歴史的背景、音色の響き、職人の技術、素晴らしい指導者との出会い、何から何まで手作りのピアノの魅力…など。どこまでも広がる世界は、豊かな彩りを見せる。

 ピアノ職人との出会いから、著者のピアノへの思いはぐっと身近なものになってゆく。自分だけのぴったりしっくりくるピアノが加わった生活は新たな喜びになり、何十年ぶりかにピアノのレッスンに通うことになる。子供時代の嫌々のお稽古事ではない。自らの心を満足させてくれるものとしてのピアノ。感情的にも、肉体的にも、知的にも、精神的にも良い影響を与えるものとしてのピアノである。鍵盤を押して、音を聞く。その行為は同じなのに、子供時代とは全く違う意味を持つ。その不思議と、著者の心の置き方、2つをあれこれ自分の中でくっつけたり離したりして、身近にあるピアノと私との繋がりを考えてみた。悲しいことに、それはとても遠い関係であるように感じる。

 人は、ピアノに対して夢を抱くこともあるが、好きなものやオブジェを飾ったりして祭壇にしてしまうこともできるし、簡単に売り買いする玩具のようにも扱うことができる。同じ楽器でも、洗練されたものになる可能性もあるし、下品になる可能性もある。それが楽器の良さであると、作品の中でピアノ職人は言う。所有する人の手によって、どんなふうにでも変わってしまう楽器。それに対する敬意と愛情を、この作品から私は何よりも強く感じなければならないと思う。使われる頻度が年月と共に少なくなってゆく楽器との関係は、音色が恋しくなった今なら、以前よりも良くなる気がしているから。

4105900277パリ左岸のピアノ工房 (新潮クレスト・ブックス)
Thad E. Carhart 村松 潔
新潮社 2001-11

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コメント

ピアノはいいですよね。僕は数ある楽器の中でもピアノが一番好きです。あの音色の美しさは言葉では表現できません。
学生時代、東京に住んでいたのですが、ピアノリサイタルなどには、よく足を運んだものでした。
あー、あの頃がなつかしい!(笑)

投稿: デミアン | 2005.10.12 22:05

デミアンさん、コメントありがとうございます!
ピアノ好きでしたか。いいですよね、とっても。
ナマの演奏はたまらないです。
この本を読んでいる間&読み終わった今でも、ピアノの調べに酔いしれております。
マイブームはバッハのアンナ・マグダレーナ全曲マスター♪先が長いけれど。

投稿: ましろ(デミアンさんへ) | 2005.10.12 22:47

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