« アンデルセン3つの愛の物語 | トップページ | 人はなぜ生きるのか? »

2005.10.07

モーパッサン残酷短編集

20050807_222024 “いい意味でも悪い意味でもモーパッサンらしい作品”というものを集めたという、鈴木暁、森佳子・監訳、石阪さゆり、嶋田貴夫、清水佳代子、山本一朗・訳『モーパッサン残酷短編集』(梨の木舎)。7つの短編は、それぞれが危うい結末で終わっていて、人間の持つ醜い部分を描いている。それは恨みだったり、憎しみだったり、殺意だったり。誰もが持ち得る可能性を秘めた残忍さ。心の片隅に存在しているかも知れない、自分でも気づいていない闇。こういう作品を読むと、何気ない日常の裏の裏の裏に潜む何かを追求してみたくなる。例えば、好意的な笑顔に隠された本音とか、ひとつのため息の中に埋もれた複雑な感情とか。そういう類のものを。

 7つの短編の中で印象的だった物語について書く。まずは、狂女のことを話す医師の話である「ベルト」。美しく成長した少女は、知能が足りないゆえに言葉が出ない。両親や医師らは様々なことを試み、何とか彼女の脳を動かそうとする。その過程から結論づけられた答えというのが、何とも残酷。具体的に何なのか述べてはいないのに、伝わってくるのが不思議。それはきっと、読む人の数だけある答えなのかもしれない。純真無垢な彼女の姿、行動、思考回路を弄ぶような、嘲笑うような、そんな周囲の考えが憎らしい。憎らしいと感じた自分こそが、本当は一番醜いのか。だって、この物語を楽しんでしまったのだから。

 猫に関する描写が美しい「猫-アンティーブ岬にて」。心惹かれるのに信用できない動物への思いに支配された夢なのか、幻なのか、妄想なのか、うやむやの物語である。喉をゴロゴロ鳴らしながらも、隙を見てこちらをかみつこうとしている様。お互いにお互いをいらだたせる存在でも、絹のようなするするとした手触りや上質で洗練された毛皮のぬくもりが愛おしい様。それらにうっとりしながらも、首を絞めてやりたいというほのかに浮かぶ欲望。愛おしすぎるからこその感情なのだろうか。物語は、猫と女とが重なり絡み合いごちゃまぜになってゆく。既に眠りの世界にいる愛猫の息遣いが、妙に気になってくる私…

 最後を飾っている「通夜」。非の打ちどころのない一生を送ったかのように見えた女に纏わる物語である。女の静かな死を受け止めて寄り添ったのは、女の子供たち。法を残忍に振りかざす息子と、男性に対しての嫌気から神の元へ嫁いだ娘。これまでにないくらいの母への2人の愛情は、母親の読んでいた手紙を初めて手にしたことで変わってしまう。あまりにもあっさりと、さらりと。それが良い方向に変わったのか、悪い方向に変わったのか、明らかにされないところが面白い。読み手に委ねられた結末は、危うくて壊れてしまいそうなほど繊細でもある。モーパッサン、素敵。ため息と共に、思わず声が漏れた。

4816604030モーパッサン残酷短編集
鈴木 暁 山本 一朗 森 佳子
梨の木舎 2004-04

by G-Tools

もしもお気に召しましたら人気blogランキングへ…
にほんブログ村 本ブログ←素敵ブログがいっぱい!

|

« アンデルセン3つの愛の物語 | トップページ | 人はなぜ生きるのか? »

60 海外作家の本(フランス)」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/6298162

この記事へのトラックバック一覧です: モーパッサン残酷短編集:

« アンデルセン3つの愛の物語 | トップページ | 人はなぜ生きるのか? »