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2005.09.18

退廃姉妹

20050830_122 戦後60年。日本が抱える歴史の闇と女の闇について描かれた、島田雅彦・著『退廃姉妹』(文藝春秋)。妙ないきさつから、戦犯として逮捕された父の莫大な借金と共に戦後社会に投げ出された姉妹。春の菜の花を売ることが売春だと思っていた妹は、ナイロンストッキングと引き換えに処女を奪われ、焼け残った家で米兵相手に身を売る。特攻隊に入った男性の面影を胸に抱き続ける姉は、宿の女将として妹らを支える。そして、姉妹は落ちるところまで落ち、恋や死に溺れる。それぞれの戦後を自分たちなりに強く、しぶとく、自由に生きる。ただ時代に翻弄されているのではない、女の底力のようなもの、矜持を強く思う物語である。

 “東京はアメリカ人に占領されたけど、あたいたちはアメリカ人の心と財布を占領するんだ”そんな思いを胸に秘め、派手な服装と化粧で身を飾り、米兵の腕にぶらさがって歩いていた女たちの存在について語られるのを、私はあまり知らない。1945年当時の日本政府が、占領軍向きの慰安施設を作った事実についても、知る術がなかったくらいに。体以上に傷ついたであろう心の痛みに対して、口を閉ざして沈黙を守らざるを得ない女たちの生き様を思うとき、ふつふつと熱いものが込み上げる。言葉にならないその気持ちは、生ぬるく今を過ごす自分への怒りに少し似ている。

 私の中で一番印象的だったのは、“ヒトは誰かのために泣いたり、笑ったり、働いたりせずには、生きてはいけない”という言葉。誰もが持っているはずのヒトの習性。物語では、友人を思い、恋人を偲び、漠然とではあるが日本人のためと信じながら戦っていた男の心情の内にある、生き残ってしまったことへの絶望。それと共に、同じように漠然と男の面影を頼って、空襲を生き延び、飢えを凌ぎ、敗戦の虚脱に耐えてきた女の目覚めが描かれている。屈辱も憎しみも和らげてくれる、そんな習性を持つヒトであることへの誇り、喜び、実感…私は特に意識せずにこれまで来てしまった気がしてドキリとした。

 島田雅彦氏の物語を読むとき、いつも感じる“毒”。今回の毒は、ほんのりとじわじわくるものだった。適度な甘味と苦味がそっと絡まり合って、静かにゆっくりと体の奥まで広がるような、そんな感じ。メロドラマ的な展開を見せながら、皮肉るような自虐的な語り。あちこちに散りばめられたデカダンスの色。あからさまな毒もいいけれど、こういう毒気も、私はかなり好きである。次はどんな毒を感じさせてくれるか、そういう期待を抱かせてくれる著者の作品。だから読むのがやめられない。いや、やめるもんか。たとえ裏切られちゃってもね。

4163241701退廃姉妹
島田 雅彦
文藝春秋 2005-08-05

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コメント

BK1へのTB見ましたよ。
ところでこの作品ですがなんとなく最後が締まらなかったなと思いました。
「退廃」というとデカダンスを思い浮かべます。すると彼女たちの母親が一番ぴったりする感じです。次は長女かな。妹はそんな感じはしないし、まして現代の若者までおなじくくりでとらえているのがへんちくりんだと思いました。
井上ひさし『東京セブンローズ』を機会がありましたら読んでみてください。

投稿: よっちゃん | 2005.09.26 12:41

ご無沙汰です。この本、近くで「週間ブックレビュー」の公開録画がありまして、島田氏が来るって話を聞きつけて久しぶりにハードカバーで買ってしまいました。サイン頂けるかもって。ああ、ミーハー。。。結局は頂けませんでしたけど。
退廃、、の方ですが、ん?あまりにもすらすら読めてしまったぞ?と、何か見逃していないかと、読後考えてしまいました。含んでいるものに、少し物足りなさを感じました。
楽しめましたけど。

投稿: keiya | 2005.09.26 16:58

よっちゃんさん、コメント&トラックバックありがとうございます。
「退廃」という言葉をタイトルに使っているけれど、この姉妹は果たして「退廃」なのかしら…という疑問は確かにありました。でも、そんな疑問や(期待を)裏切られた感も含めて、楽しんでいる自分がいました。新しい作品が出るだけで舞い上がってしまうくらいなので、きっと冷静さが足りないのかもしれません。
オススメの『東京セブンローズ』、読んでみます!

投稿: ましろ(よっちゃんさんへ) | 2005.09.27 18:00

keiyaさん、コメントありがとうございます。
サイン、残念でしたね。でも、とても羨ましいお話!島田氏のお姿だけで、きっと私は気絶寸前かもしれませぬ。「君、最近買わずに図書館で借りているらしいねぇ」と、言われることを妄想…
『退廃姉妹』の物足りなさは確かに感じました。いつもの毒の含みをあまり感じない、すらすら読めてしまう作品。読みやすくて楽しかったですけど。好きですけれど。

投稿: ましろ(keiyaさんへ) | 2005.09.27 18:15

『彼岸先生』借りてきたのことども。
でも読む本たくさんあるので、延長期間含め4週間以内には読みまする。
楽しみのことども。

投稿: 聖月(みづき)(^.^) | 2005.10.02 11:21

聖月さん、コメントありがとうございます。
おぉっ!借りましたか。私もとっても楽しみです。
近いうちに再読致しまする。

投稿: ましろ(聖月さんへ) | 2005.10.02 12:51

こんにちは♪
島田作品には「ついてこれるかい?」的な物を感じてしまうんですが、この作品はちょっとメロドラマのようでもあり(不謹慎?)すぐに読めちゃいました。
題名は一種の「煽り」だったのかも。
いかにもみんなが飛びつきそうな題名と装丁ですもの(笑)

投稿: ミチ | 2005.10.07 10:41

ミチさん、コメント&トラックバックありがとうございます!
「ついてこれるかい?」(笑)
うんうん、そうなんですよね。毎回まさにそんな感じ。
そういう期待があるせいか、ちょっと物足りなかった今回の作品。
沢山の方が手にとってくれるのはファンとしては嬉しいのですけれど、少々複雑な気がします。

投稿: ましろ(ミチさんへ) | 2005.10.07 16:59

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