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2005.09.21

ピアノ・サンド

20050916_230 少し前に新聞の書評欄で、“平田俊子”という人の小説に関する記事を読んだ。詩人で劇作家で小説家でもあるその人に、とても興味を抱いた。小説の内容に心惹かれたのではない。記事を書いたのが私の好きな作家だったからでもない。直感のようなものだろうか。この人の書いた小説は、私の好きな物語であるに違いない。そう思ったのだった。利用している図書館には新聞に載っていた新作はなく、平田俊子初めての小説である『ピアノ・サンド』(講談社)のシンプルな背表紙が涼やかに棚に収まっていた。それを見た瞬間、直感は確信に変わっていた。間違いなく私は、この小説を好きになるだろうと。

 表題作「ピアノ・サンド」も「ブラック・ジャム」どちらも、“一人の時間を過ごすのも悪くはない”そんな思いを感じさせるものだった。好きな人、恋人、友人…そういう存在は自分を楽しくも悲しくもさせる。喜びだけをもたらすものではない。いなければ寂しいものだが、いないならいないで何とかなってしまう。一人きりでは孤独だけれど、孤独な時間もまんざらでもないのかもしれない。そう思わせてくれる主人公たちの言葉は、私の内省的な部分をほんのりと和らげてくれた。多分私はずっと、誰かにそう言ってもらいたかったのだろう。繰り返し自分に言い聞かせてきた呪縛のような“一人でも生きられるようにならなくちゃ”ではなく。

 「ピアノ・サンド」は、フランス製の百年前のピアノに思いを巡らす女性が主人公。小ぶりで燭台付きのアップライトのピアノ。預かってもらえる人を探しているという話に、よく考えもせずに応じてしまう。主人公が住んでいるのは、ピアノなど置くスペースなどない狭い部屋なのにもかかわらず。結婚していた当初使っていた一人用には大き過ぎるテーブル、ダブルベッド、ダイニングセットなど。ピアノを置くために家具を買い換え、ピアノがある部屋を想像したり、ピアノに関する恋人の話に傷ついたりする。ピアノに振り回されていくのだ。物語が進むにつれて変化していく主人公の思いが、なかなか爽快である。

 「ブラック・ジャム」は、腕に傷を抱えている女性が主人公。幼い頃からの経験上、ずっと傷を隠し続けてきた。これまで付き合った男性や一目見て心惹かれた男性の隠し通せない傷と、隠すことが可能な自分の傷を思うとき、彼女は自分がずるい人間のように思えてならない。ほんのちょっと袖からのぞく傷。それでも人は、目ざとく傷を見つけてしまう。ないはずのものがあり、あるはずのないものがないと、人の目は敏感に反応してしまうのだ。無神経にも残酷にも。その思いはひどく痛い。卑屈になりながらも、それでも彼女は前を向いている。著者のかなり長いあとがきを読み終わる頃には、心地よい気分になっていた。

4062755645ピアノ・サンド (講談社文庫)
平田 俊子
講談社 2006-11-16

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コメント

はじめまして。
遅ればせながら平田俊子を読んで、検索していたらこちらへふらふらと迷いこんできました。
「ピアノ・サンド」「二人乗り」の感想というか批評のような記事を書いたので、トラックバックさせてくださいませんか。
金井美恵子、川上弘美、魚住陽子、ラインナップが渋いですね。特に金井美恵子は大好きな詩人・作家の1人です。まして魚住陽子を知っている人がいるなんてびっくりしました。
よかったらこちらにも遊びにきてください。ときどき、変な書評やらを書いています。

投稿: bananafish | 2006.02.23 21:18

bananafishさん、はじめまして。コメントありがとうございます!
1冊しか読んでいないのに、カテゴリーをつくってしまって申し訳ないです(笑)
ブログでは、金井美恵子さんや(特に)魚住陽子さんは、確かにあまり見かけない気がします。
いい作家さんだと思うのですが、流行りと新刊に私と同様に流されてしまう方が多いかもしれないですね。
トラックバック、大歓迎です!とっても嬉しいです。
早速、お邪魔させてくださいませ。

投稿: ましろ(bananafishさんへ) | 2006.02.23 22:35

ましろさん、こんばんわ。
明るい話でもないし、読んでいて心細くもなるのに、なんでそれがイヤではないどころか心地良かったのだろう・・って、読みながらすごく不思議だったんです。で、それが気になって読み終えてからも引きずっていたんですが、ましろさんが
>一人きりでは孤独だけれど、孤独な時間もまんざらでもないのかもしれない。そう思わせてくれる主人公たちの言葉は、私の内省的な部分をほんのりと和らげてくれた。
と書いているのを読んで、なんだかすとんと納得できた気がします。寂しさを紛らわすためにがむしゃらに動き回るより、一人の時間も寂しさもごく当たり前に受け入れている主人公がすきなのかもしれません。

投稿: june | 2006.12.21 21:56

juneさん、コメントありがとうございます!
わたしの解釈で納得してくださって…恐縮です。
勝手気ままに書き散らかしたので、なんだか申し訳ないくらいです。
それにしても、ほんと不思議な心地よさがありましたよね。この作品!
一人の時間の多いわたしですが、一人が寂しい季節でもありますが、
今年はなんとか乗り越えられそうです。はい(笑)
受け入れねば!そして、文庫版を買わねば!デスネ。

投稿: ましろ(juneさんへ) | 2006.12.22 21:05

ましろさん、こんばんは
トラックバックさせてもらいました(多分二回目です)。
私はむしろ「執着しないように生きる」と自分で自分を誤摩化していた主人公の姿の方が印象的だったんですが、ましろさんはそこからあきらめではなく納得とか悟りに向かったと読んだんですね。
そういう読み方もできますね。
最後に屋上から眺めるシーン、あれは「幸せそうなカップル」でした。5階と6階のあいだからは拒否されたあとに屋上へ上ってみた「風景」は書いてあっても、それをどう感じたかは一切書いてないんですよね。
「こんな生活もいいかも」とも「そして私はひとりぼっち」とも。
自分のブログに書いた言葉ですが、「研ぎすまされ、そぎおとされた言葉が持つ豊穣な世界」ですね。読者にゆだねられている、と。

投稿: ほんのしおり | 2007.02.19 02:22

ほんのしおりさん、はじめまして。
コメント&TBありがとうございます!
そうですね、確かにこの作品は読者に委ねられている結末ですよね。
わたしは自分のいいように解釈したのですが(笑)、
いろんな意見が聞けるとなるほどなぁと思います。
答えが1つじゃない、こういう作品がわたしは特に好きなので。
文庫になってからは読み返していないので、
その屋上から眺めるシーンを、もう一度読んでみたくなりました。
ほんのしおりさんのブログにも、後ほどお邪魔させていただきますね。

投稿: ましろ(ほんのしおりさんへ) | 2007.02.20 18:25

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平田 俊子 / 『ピアノ・サンド』 / 2006(2003) / 講談社文庫 / B 主人公は、離婚したあと働いてもいない30代後半の女性。 知り合いから100年前のピアノを引き取らないかと持ちかけられ、こころ揺れながら欲しいと思い、ところが手に入れられなくなってしまう、という「どこにもたどり着かない物語」。 単純にいいともわるいともいえない、不思議な読書感を味わいました(読書中からしていたので、読後感ではなくて読書感と呼んでみます)。 なんなんだろうな、この感覚、、、と思っていたら、角田光代... [続きを読む]

受信: 2007.02.19 02:13

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