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2005.09.05

転がる猫に苔は生えない

20050830_182 50匹もの猫が語る“人生の転機”について書かれた、ブルース・E・カプラン著『転がる猫に苔は生えない』(ソニーマガジンズ)。ノラ猫もいれば、飼い猫、愛に溺れる猫、孤独な猫だっている。それぞれの環境の中で繰りひろげられた猫たちの過去は、美しくも謎に満ちている。4年がかりでアメリカ中をまわりながら、著者は“きみの人生を大きく変えることになった相手は誰だい?その理由も教えてもらえるかな?”そんな問いを投げかける。猫たちの告白は、感動的なエピソードから愚痴のようなものまで、刺激的で多岐にわたる。猫ってこんなにシビアなのか。こんなにも深く物事を考えていたのか。興味深い猫本である。

 この本の面白さは、猫たちの告白だけではない。猫たちの話を聞きながらスケッチしたという、猫の姿がとても個性的なのだ。決してすごく上手な絵というのではないのだが、猫たちの心の奥底を見つめて描かれたものなのだなあと思わせるものなのだ。例えば、目ヂカラのキツさだとか、その佇まいだとか、背景だとか…そういうものがしっかり描かれている。猫たちが語る過去の出来事あってこその、雰囲気とでも言ったらいいのだろうか。なかなか味のあるものである。その絵をごちゃまぜに並べて、エピソードをもとに“かるた”を楽しんだら、よりいっそう猫たちのことが愛おしくなるかもしれない。ふと、そんなことを思った。

 そして、気になる(?)猫たちの告白について。そもそも“変化”というのは、もの凄く曖昧な言葉である。シンプルでありながら、様々な意味を含んでいる。よって、猫たちの告白は、実に多彩である。有意義な人生哲学を授けてくれた相手のことを語る猫もいれば、心ない行為により癒えることのない傷を刻みつけていった相手のことを語る猫もいる。“変化”というのは、よい方向にも悪い方向にものびている言葉なのだと、猫たちの話を読むうちに気づく。そういえば、私の“変化”って、どんなだっただろう。その“変化”によって、私は何を学び何を得たのだろうか。思い出せば、悪いことの方が記憶に残っている気がする。

 さて、では具体的な猫たちの告白を挙げる。アンナ・バナナという可愛い名前の飼い猫の話である。人間の家で大きくなった彼女は、他の猫に必要とされることがないため、友人をつくるのに苦労するのだと言う。しかも、一人で過ごす時間が多いために、周囲に馴染むことが難しいのだそう。そんな暮らしの中で、彼女にこんなことを言ってくれたおばあさん猫がいたそうだ。“あたしにはわかる、あんたは偉大な猫になるように運命づけらているんだよ”と。落ち込んだときも、その言葉を思い出してきた彼女は、立ち直る力を得たのだ。あとになって、他の猫にも向けられていた言葉だと知っても。

4789722279転がる猫に苔は生えない
Bruce Eric Kaplan 鈴木 彩織
ソニーマガジンズ 2004-03

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コメント

こんばんは。このブログは僕のRSSに登録しております
ので、割とすぐに更新したことがわかります。

それはともかくとしまして、僕の変化は何だったのだろ
う?
やはり経験を積んできたことにより、物事の判断が早く
的確になってきたことですかね。考えなくても、パッと選
択肢が数個に絞れますから。仮に最善の選択でなかっ
たにしても、大きく外すことはなくなりました。
以前のような集中力や体力はなくなりましたが、この経
験の力によって、何とか自分を維持していってる、とい
う感じです。
ただ、これは逆にマイナスに作用することもあります。
先のことが早くわかってしまうので、ダメな場合は、す
ぐに諦めてしまう癖がついてしまいました。
経験が増す、という一つのことから、プラスとマイナス
の両方が生じてくるというのは、ある意味、面白い現象
だと感じます。

投稿: デミアン | 2005.09.05 18:52

デミアンさん、コメントありがとうございます!
RSSに登録してくださっていたのですね。嬉しいです。

人生経験が増すほどに、新しい何かを得る。そして、同時に何かを失う…
そんなことを、デミアンさんのコメントを読んで思いました。
プラスに作用するばかりだったら、プラスの感覚みたいなものは薄れてしまうのか。
マイナスあってこその、プラスなのだろうか。
答えのない問答が、私の中で続いています。

そんな中、ふと気づく。
私にとっての“変化”をもたらした出来事・人物って、何だろう。誰なんだろう…?
思い浮かばない。あれ?
もしや、その問いの答えは、私の失ったものの中に含まれていたのかな、なんて思うのです。

投稿: ましろ(デミアンさんへ) | 2005.09.06 08:07

"変化”をもたらしたものですか。それは相当な難問ですよ。姫は相変わらず「哲学者」ですねー(笑)

例えばですけど、一つには年齢とともにホルモン体系が変化してきて、それが性格の変化に影響するかも知れません。極端な例として、セロトニンやノルアドレナリンの減少によって鬱病になるとか。
もしそれだけでしたら、”変化”は医学的、あるいは物理学的に説明できてしまうわけですよね。
でも実際はそれだけではない。人間はさまざまな経験を重ね、その経験に対して何らかの意味づけをする。そしてそれによって、自分の内面的世界が構築されていく。このように、物理学とは関係のない、変化をもたらす要因もあると思うのです。
それ以外としては、運というものも存在するかも知れません。幸運・不運というのは人知を超えており、学問というより宗教が扱う分野でしょうか。宗教については詳しく知りませんが、何となくそういうものもあるような気がする。仮にあるとすれば、それは気持ちの持ちようや努力といったものでは克服できないのではないでしょうか。

いずれにせよ、”変化”をもたらすものは、複数あり、それらが複雑に関係しあって変化を促しているように思います。
では、良い方向に変化するにはどうしたらいいのか?ということになりますが、残念ながら僕には答えはわかりません。そもそも答えなんて存在するのかどうか・・・。

投稿: デミアン | 2005.09.06 11:48

デミアンさん、再びコメントありがとうございます!
“変化”をもたらしたもの…だなんて、難問でしたね(笑)
答えのないことにばかりこだわって、すみません。ごめんなさい。
きっと、『転がる猫に苔は生えない』の猫たちが、あまりにも“私の場合は、これよ”とか“あぁ、それならこういう出来事があったからだな”みたいに、すらすら語っていたものだから、私はどうなのだろうなぁと気になってきてしまって。

よくよく考えてみれば、デミアンさんの言うように、様々な出来事が複雑に関係しあってこその“変化”。それゆえの“今”なのですよね。
医学的、もしくは物理的に“変化”について説明できるのならば、”変化”をよい方向へもっていくことなんて、たやすいのだろうなぁ…無理ですケド。
人間がコントロールできないものの大きさに、ひれ伏してしまいがちなこの頃です。

投稿: ましろ(デミアンさんへ) | 2005.09.08 08:42

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