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2005.09.12

古道具 中野商店

20050220_610 アンティークではなく、あくまでも古道具を扱う中野商店。そこに関わる人々をめぐる日常が描かれた、川上弘美・著『古道具中野商店』(新潮社)。3回もの結婚の果てに愛人までいる、店主の中野さん。人形作家で中野さんの姉である、マサヨさん。この物語の語り手である、アルバイトのヒトミ。ヒトミと恋仲であるのかないのか微妙な関係にある、同じくアルバイトのタケオ。主に彼ら4人について語られる12のエピソードは、読む者を引き込む力強さと、さらりとした心地よさを感じさせるもの。それぞれの登場人物について丁寧に繊細に描かれており、ぬくもり溢れるかけがえのない物語となっている。

 この物語を読みながら、私はふふふと何度も笑った。ときどき、それはへへへとなった。にんまりしていた。幸せな読書だと、心から思った。描かれているのは、たわいもない話である。特別何か、面白可笑しいことが書かれているわけではない。それなのに笑ってしまった。例えば、店主の中野さんから届く大雑把な文面の葉書だとか、ヒトミに対するタケオの妙な雰囲気の敬語だとか、ぎこちない文面のメールのやり取りだとか、“剣突く”という言葉だとか、アフガンハウンドとボルゾイとバセットハウンドの違いだとか…そんなたわいもないことについて。些細なことに心が動くのは、とても幸福だ。

 そういう幸福さに一番浸っていたのは、「ワンピース」という話を読んでいたときだ。ヒトミとタケオの関係が、うやむやの色に濃く染まっているあたりである。タケオの1日の行動をあれこれ想像し、何時何分にかけようかと考えるヒトミの思いを裏切って、つながる気配を見せない電話。“きっと、食べているクリームパンのあぶらのせいで、指がすべってボタンがうまく押せないんだわ”とか、“太ってしまって、尻ポケットから携帯が取り出せないんだわ”とか。電話に出られない理由の、あらゆる場面を想像するヒトミ。どんな場所であろうと、かなりな高率で受けることができる電話の不便さを思う場面である。

 あぁ、そうなのだ。便利な世の中ゆえにはびこる“不便”というのは、何て忌々しいのだろう。常々感じている思いが、ふつふつとわいてくる。心地よい幸福感と共に。メールの返事がなかなか来ない苛立ちだとか、話題が盛り上がっているときのメールの終止符の打ち方だとか。時間をさほど気にしなくても良いからこそ、妙に気にしてしまうことへの“矛盾”。こんなことで悩んでいる人々を、電話を発明したベルさん(でしたっけ?)は想像していなかったはず…。まぁ、いいや。話をヒトミに戻そう。ヒトミ、可愛いのですよ。500円のぺらぺらしたワンピースが似合っちゃうのですよ。結構乙女なのですよ。ふふふ。

410129237X古道具中野商店 (新潮文庫 か 35-7)
川上 弘美
新潮社 2008-02

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コメント

ましろさん、こんばんは。
私もヒトミが電話を待つあたりの話、すきです。「携帯」が存在するから「不幸」になる。なるほどなぁと思いました。
ゆるゆるとした、素敵な本でしたね。
TBさせていただきました。

投稿: なな | 2005.09.12 17:53

ななさん、コメント&トラックバックありがとうございます!
携帯、とても厄介です(笑)
“ゆるゆる”って、すごくぴったりですね。
まさにそんな小説だと、深く頷いてしまいました。
川上弘美さんから、ますます目が離せなくなりそうです。

投稿: ましろ(ななさんへ) | 2005.09.13 07:48

こんにちは〜、お久しぶりです。
TBさせていただきました。
この本、書評はよく見かけたんですけど、読んでいらっしゃる人があまりいないのかしら?
読みながらフフフとかくすっとか笑える小説っていいですよね〜。
500円のペラペラワンピの似合うヒトミのキャラがなんだかぬるくて面白かったです。

投稿: ミチ | 2005.09.17 08:50

ミチさん、コメント&トラックバックありがとうございます!
ヒトミのキャラがなんだかぬるくて…って、ふふ。いいですね。とっても。
この本、読んでいる方は多いのか少ないのかはてさて。
書評もブログ記事も、あまり読んでいない私です。

投稿: ましろ(ミチさんへ) | 2005.09.18 12:10

こんばんは。たわいないけど何だか楽にいられる中野商店の雰囲気って、やっぱり中野さんが作ってたのかもしれないですね。そのかわりここにいる限りヒトミとタケオが進展しないのも、そこを出たら二人が自然に大人になったのも分かるような気がしたり。不思議で、でもやさしい場所でしたねー

投稿: banri | 2006.06.10 02:04

bnnriさん、コメント&TBありがとうございます。
そうですね。やっぱり中野さん!
中野さんのお店だったんですもんね。
ああいう居心地のよいところが身近にあったらよいのに…
“やさしい場所”って素敵です。

投稿: ましろ(banriさんへ) | 2006.06.10 06:15

こんにちは、ましろさん。

500円のワンピース、え?それ着ちゃうの?買っちゃうの?と思いました。ヒトミって、きっとすっごく可愛いか、すっごく変か…のどっちかですよね。(笑)

最後、みんなが「中野商店」の匂いをまだ残しつつも、それでもなんとなーく世間一般の匂いもまとい始めた感じには、あぁ、この続きも読みたい、と激しく思わされました。あぁ、読みたい読みたい、続編が読みたい!

投稿: ゆら | 2006.06.15 05:26

ゆらさん、コメント&TBありがとうございます!
ヒトミはきっと、可愛いのでしょう。
もしくは、“わたしって、何来ても似合っちゃうのさ”ぐらいの。かな(笑)
でもわたしが買い物でよく行くショッピングセンターで、
そのくらいの値段の洋服を見ても何もときめかないのですが…
見るからにペラペラですし。

おっ、続編があるのなら読みたいですね~!
中野商店の面々がどう変化しているのか、
その後の関係なんかは、もう特に気になっちゃいます。

投稿: ましろ(ゆらさんへ) | 2006.06.15 12:06

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