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2005.09.14

ぐずべり

20050906_140 “少女”という微妙な年頃の感情を清らかに冷ややかに描く、清水博子・著『ぐずべり』(講談社)。頭の中の出来事と現実とがかみ合わない少女の視点から日常の機微を描いた「亜寒帯」。希望の持てない未来に少女が密かな復讐を試みる「ぐずべり」の2篇を収録。日常の中に揺らぐ狂気が印象的な中編である。著者の作品を読むのは、これが3冊目。毎回感じる文章の読みにくさなど、あまりにも些細なことであると思えるほどに、“少女”の語りが面白かった。その多感さに。その敏感さに。その高潔さに。気がつけば、もの凄く惹かれていた。隙間なく連なる活字の波にのみこまれてゆくことが、快感にすらなっていた。

 まずは、「亜寒帯」のほうから。主人公である少女・藍田本人が過去に関して語っているとも、第三者が少女を見下ろすようにして語っているとも、どちらにもとれる語りで物語は進んでゆく。北国の厳しい寒さの中、少女がどのようにして日々を過ごしているのか、どんなことを日々考えているのか、そんな小さくも大きくもあるような事柄が、読み手の私には愛おしい少女時代の思い出に感じられた。制服のスカートの襞がしわにならないように気にすることだとか、母親がよかれと思って買ってきたセンスのない外套を我慢して着ることだとか、残酷なまでに強いられる人間関係だとか…今となっては実にたわいもない数々の事柄に関して。

 2話目の「ぐずべり」。この物語では、1話目で少女だった藍田がイニシャルである“AA”で呼ばれる。親戚の間で、彼女はどんな人物ともとれるような言葉で語られている。潔い人生を送っているのか、変わり者として扱われているのか、さてはて実際のところどうであるのか。親戚の少女からは、“もしお母さんが同級生だったとしても、絶対に友だちになっていない。亜子ちゃん(AAのこと)がお母さんだったらよかったのに…”と、こんなふうに慕われていたりする。この発言をした少女は中学生。ちょうど1話目では、AAも中学生である。何ともいい合わせ方をしている。娘にこう言われてしまった母の立場は、あまりにもキツイものですが。

 そして、考え深い部分は、AAが過去の自分自身について回想するところである。AAの中には、人々の間で話題になる<AA>もいれば、それを傍観する≪AA≫というのもいる。今よりも毒気も色気もあったはずの20代の自分。いつのまにか摩耗していた言いたい事柄を思うとき、AAの内部にある<AA>がAAに代わって、AAとは無関係に、すでに場面全体を吸収し、記録し、分類し終えている…そんな思いになるのである。何ともややこしい説明。けれど、私の一番のツボだった。AAが中学時代に書いたという“理解できない「金閣寺」”という読書感想文も、よかったけれど。これは2番ですね。

4062113309ぐずべり
清水 博子
講談社 2002-10

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