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2005.09.25

狐媚記

101-011822_toki 現代アートで読む澁澤龍彦ホラー・ドラコニア少女小説集成シリーズ、澁澤龍彦・著、鴻池朋子・絵『狐媚記』を読了。ため息がもれるほどの刺激的な面白さだった。絵と文章が絡まり合って新たな彩りの物語を見せてくれているような。あんまり素敵なものだから、ページをめくるたびに目をしばらく閉じていたほど。目を閉じても、読んだばかりの言葉と共に絵が浮かんできて、ほろ酔いしたみたいな心地よさ。物語は不気味な妖しさを放ちながら、読むほどに美しい。言葉遣いも文字の並びも、その佇まいも。たとえ何もかもが計算されつくした美しさだとしても、私はそう感じたに違いない。

 表紙を飾っているのは、モノトーンの絵。自分自身の内に向かっているような狂気を描いたもののように見える。マジックに使う剣のような、少々わざとらしい形の無数のナイフがからだを貫き、その傷みに悶える狐たち。たくさんのナイフは、渦のようになって宙を舞っているよう。その渦の中から少女だと思われる無防備な脚が出ている。気色悪いと言う人がいるかもしれないが、そのグロテスクさはとても物語に合っている。文章の合間に出てくる絵はカラーで、さらにその世界を高めてくれる。この世のものではないからこそ惹かれるのか。もともとの私の好みなのか。その世界に酔ってしまった私には関係のないことだ。

 さて、肝心の物語。北の方(月子)という女が、長男を産んだ5年後に狐の子を産んでしまうという話である。夫である左少将は激怒して、その子を殺してしまう。それ以来、不仲になってしまった2人は別居するのだが、悪夢にうなされるようになってしまうのだ。成人した長男・星丸はある夜、悪人に手籠めにされかかった少女を助け、抜き差しならぬ関係に。物語はほんの些細な男の嫉妬心から、取り返しのつかない展開を見せる。人間の愚かさだとか、醜さだとか、そういうものを皮肉っているような物語の美しさが痛い。痛いけれど面白い。この物語を楽しんでいること自体が、過ちのような気さえしてくるほどに。

 物語のあとがきとして加えられているのは、澁澤龍彦のエッセイ「存在の不安」。エロティシズムと死の相似について語られている。フロイト、バタイユ、プラトン、エーリッヒ・フロムらの研究や理論をまじえつつ、読み手を頷かせる。男と女という同じ人間ながら性質の異なる生き物に対する思いは、この世に生まれおちた瞬間からもう始まっているのかもしれないと感じた。また、私が抱えている闇を形づくったものの正体を、その文章の中に見つけたような気がした。今となっては取り返しのつかないそれらの事柄は、物語の意味するところとよく似ている。

4582832164狐媚記 (ホラー・ドラコニア少女小説集成)
鴻池 朋子
平凡社 2004-03-20

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