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2005.09.09

ぶらんこ乗り

20050906_144 もういない弟に関する記憶と、姉のために弟が紡いだ物語。こちら側とあちら側が交錯する、いしいしんじ・著『ぶらんこ乗り』(新潮文庫)。読みながらため息ばかりがこぼれた。あまりにも痛いから。あまりにも懐かしいから。私の中に眠っていた何かが、くすぶり始めるのに気づく。とても愛おしいと思う。いつまでもこの物語に浸っていたい。その気持ちが強過ぎて、何日も読み続けていた。繰り返し、何度も何度も。いしいしんじの作品は3冊目。そういえば、以前も思いのほか時間がかかった気がする。短い作品だったのに。そうか。他の著者の作品とは、流れる時間の速さが違うのかもしれない。時間の流れに好きなようにたゆたうことは、とても幸福だ。

 弟。姉が語る彼は、ひとり怯えている。誰よりも繊細に考え、見つめ、生きる。この世につかまろうと必死に伸ばした小さな手には、精一杯の彼なりの思いが詰まっていたのだろう。ぶらんこが上手で、うまく指を鳴らし、声が出せずにいた。ちょっと偏屈で、悪ふざけの天才で、作り話が得意だった。そんな弟。彼を語る姉の眼差しは、いつだって温かくて穏やかで心地よい。彼の見つめる先にあるものを、彼が特別だということを、きっと誰よりも知っていた。或いは、知ろうとしていた。そう思えた。彼の物語を読むほどに、その行方を追うほどに、その思いは強く激しくなってゆく。

 この物語の姉と弟の関係を思うとき、私の中には兄の存在が大きくなっていた。4つ違いの兄。物心ついた頃には、既に私にとても優しかった。母が繰り返した“しっかり守ってあげるのよ”という教え以上に。うざったいくらいに。いつでも。物語の中心になっている小学生時代。そうだ。この頃、一番守られているのだという思いが強かった気がする。たった2年しか一緒に通うことはなかったけれど、何があっても安心なのだと感じていた。休み時間に様子を見に来てくれること、いじめっ子をこらしめてくれること、とりとめのない話を夜が更けるまですること…そういえば、あんな事言ってたっけ。今はそれらが、とても愛おしい。

 私の中にそんな感情がわいてくるほどに、物語は温かである。そして、懐かしくも切ない。後半部分の雪の降る場面では、胸が締めつけられるような気分になった。雲ひとつない空から、まんまるい月から、ぼたん雪が舞い落ちてくる。白い羽根のように軽くてやさしい雪。白く染まった景色の先には、犬がいる。やわらかな街灯の下では、顔はよく見えない。もしかしたら、ボニーなんじゃないかな。ふと、幼い頃に飼っていた犬を思い出す。鉄の匂いのするブランコの鎖を握りしめると、手のひらがほんのりと赤茶に色づく。石鹸でしっかりこすらないと、落ちないかもしれないなぁ…そんなことを思って、ちょっと可笑しくなった。

4101069212ぶらんこ乗り (新潮文庫)
いしい しんじ
新潮社 2004-07

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コメント

ふと思ったのですが、そんなに小説が好きなのであれば、自分でも作品をつくってみたらどうでしょうか?良いセンスを持っているようですし。

投稿: デミアン | 2005.09.12 15:22

デミアンさん、コメントありがとうございます!
密かに書いているのですが、思うようにはなかなか…
読むのと書くのとでは違うものですね。

投稿: ましろ(デミアンさんへ) | 2005.09.12 17:07

>密かに書いているのですが

やっぱりそうだったか!文章の質が単なる素人のものではないと思っていたんだ。

投稿: デミアン | 2005.09.13 06:57

ありがとうです!
ふふふ。

投稿: ましろ(デミアンさんへ) | 2005.09.13 07:53

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『ぶらんこ乗り』 (新潮文庫) 著:いしいしんじ 「ぶらんこが上手で、うまく指を鳴らす男のこ。声が出せず、ひとりにおびえ、動物とはなしができる偏屈もの。つくりばなしの得意 [続きを読む]

受信: 2005.09.11 13:13

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