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2005.08.14

すみれの花の砂糖づけ

20050807_025 少女だった頃の時間をずっと大切にしたい。或いは、少女のような感性をいつまでも持ち続けたい。江國香織・著『すみれの花の砂糖づけ』(理論社、新潮文庫)を読むたびに、そんなことを思う。この本は、著者初めての詩集。少女と大人の女性、両方を感じさせるたくさんの詩は、あまりに無邪気である。ときにはエロティックに。ときには残酷に、言葉を放っているから。あぁ、もしかしたら全部まるごと計算ずくなのかもしれない。著者の意図に、私ったらはまっているの?悪戯好きな少女が、笑って私を見ているような気配も感じるし。気のせい?気のせいにしちゃあ、ぞくぞくし過ぎるじゃない?

 さて、妄想はこのくらいにして、詩について書こう。この詩集、“あたし”という言葉が目立って見える(そう思うのは私だけかもしれないけれど)。私は、この“あたし”というのが、正直あまり好きではない。だから、文章の中で使っている“私”という漢字の読み方は、当然“わたし”である。そんな私であるのに、この詩集の中に登場する“あたし”というのが、とっても気に入ってしまった。地震を怖いというあたし。近づかないでというあたし。抱かれたもんというあたし。リップクリームになりたいというあたし…何だかとても、可愛らしいのだ。色っぽくもあり、ワガママでもあり。

 そして、さらに“あたしたち”という言葉も何度も登場する。私は、もしかしたらこの言葉を使ったことがないかもしれない。“あたしたち”というのは、女の子同士でも使うし、恋人同士でも使うだろう。その他にも使用する場面はあるかもしれないが。基本的に、単体で行動する私は、この秘密めいた“あたしたち”に憧れを感じるのだ。あたしたちの秘密ね…あぁ、なんてぴったりの使い方なのでしょう。この詩集の中では、“あたしたち”以外に“あなたとあたし”という言葉もあるのだが、私はあえて使うべきときがきたら、“あたしたち”と言ってみたい。2人なのに1まとめにして、そう呼んでみたいのだ。

 本日は、妙に乙女な文章になってしまっているが、夏バテ中なのでお許し願いたい。最後に、詩集の中で2番目に惹かれたものを紹介する。1番は、あたし教えたくないの。失礼。

錯覚だ、と、思おうとするのに

錯覚だ、
と、思おうとするのに
子どものあたしがいやいやをする
あたしみたもん、
と、言う。
あたしさわったもん、
と、言う。
子どものあたしが頑として、
あたし抱かれたもん、
と、言う。

4652071825すみれの花の砂糖づけ―江國香織詩集
江國 香織
理論社 1999-11

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コメント

最近まで一人称は『あたし』だったわたしw
十代からだったので何時変えるか、変え時を失ってたのでした。
トミーが『わたし』って使ってるのを見て、よし、あたしもわたしだわ!!って思ったのがきっかけ。
もういい大人だしね。
といっても発音は『あたし』。
これはなかなか変えられない。。

この本はすっごく気になってたんだけど、ましろの感想を見て余計気になった。
とゆうより、買いますわたし(=・ω・=)
詩集は片手間に読めるから今読んでる本を気にしなくて良いのが素敵。

わたしも『あたしたち』ってゆうの、好き。
わたしの中ではこれはもう絶対オンナノコ同士!!
特に双子とゆう設定の『あたしたち』に弱い。
妄想の中では姉と弟の『あたしたち』もオーケー!
双子だったら絶対片割れに惚れるもの★
あれ?自分好きなのかしら??

投稿: ナヲ | 2005.08.20 18:53

ナヲナヲ、コメントありがとうございます!
あまり好かないと言いつつ、一緒にいる友人が『あたし』と言っていると、その場だけ合わせて『あたし』と言っているましろデス。

そして、ナヲナヲの『あたしたち』という言葉に対するこだわりは、とても素敵です。
細かな設定に惚れ惚れしてしまう。
どんなときに使うべきか決めておかないと、いざというときに使えないかもしれない…と、少し焦ってきました。

何でも影響しやすい私は、この詩集を読んだばかりの頃、江國香織風の詩をいくつか作ったほどでした。
今となっては、恥ずかしいものばかりでしたが。

投稿: ましろ(ナヲさんへ) | 2005.08.20 19:41

 双子の話が出ていてふと思い出したんですが、Iボーゲルという人の書いた本で『ふたりの秘密』というのがあります。簡単にあらすじを記せば

 エリカとインゲ30分違いに生まれた双子の姉妹。エリカとびきり面白いことを思いついたりするかわリ、しょっちゅうしょっちゅうお姉さん風を吹かせるので、姉とは少々性格の異なるインゲとは何時も些細なことで張り合いになったり、喧嘩になったりしている。けれども二人は双子にしかわからない特別の仲にある。
 ある日喧嘩をしたさいにインゲは「エリカなんて死んじゃえばいいのに!」と叫ぶと何週間か後に、本当にエリカは病気にかかって死んでしまう。さて、残されたインゲは・・・という具合です。

 結末はある行為をすることによって、インゲは姉のもっていた性格的な要素を取り入れ、二人で一人となり成長するという形なんですが、読んでると心の底の方が揺さぶられるような不思議な感覚に襲われます。

 因みにこの話は河合隼雄の『こどもの本を読む』で紹介されてました。興味があったら見てみてください。ただし絶版かもしれません

投稿: るる | 2005.08.22 03:57

るるさん、コメントありがとうございます!
双子ネタは大好きながら切なくもなる私です。
実は私が生まれるとき、双子の予定だったのでした。だから、両親は双子のつもりでいたんです。名前もちゃんと考えてあり、無事生まれるのを待つばかり。が、生まれてみたら未熟児の私だけという…

『ふたりの秘密』早速、検索してみたのですが、なかったですぅー。『こどもの本を読む』は所持しているので、それで我慢致します。残念ー。
最近読んだ、白石公子さんの『僕の双子の妹たち』は、今まで読んだ双子の出てくる本の中では、一番と言いたいくらいよかったですヨ。

投稿: ましろ(るるさんへ) | 2005.08.22 21:07

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