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2005.08.11

予告された殺人の記録

20050729_016 十分過ぎるほど予告された殺人が、なぜ行われてしまったのか。実際に起きた事件をモデルに、ノーベル文学賞を受賞したG・ガルシア=マルケスが描く『予告された殺人の記録』(新潮文庫)。約30年前に起きた事件を、町を再訪した<わたし>が人々の記憶や裁判所の調書をもとに、事件の全貌を明らかにするという内容。<わたし>は、殺されてしまったサンティアゴ・ナサールの親友であり、殺した側の双子の兄弟とは親戚関係にある設定。両方の側から中立に話を聞ける立場にいるため、事件に深く潜り込む探偵のような存在になっている。また、物語の構成が素晴らしく、ため息が出そうなほどに緻密に練られた作品であると言える。

 ガルシア=マルケスの作品をきちんと読むのは、初めてである(この『予告された殺人の記録』は、8年間本棚で寝かされていた…)。あまりにも有名な『百年の孤独』は、分厚いので読む気がなかなかおきないが、いつかは読む本なのだとずっと思ってきた。私の好きな岡崎京子さんの漫画にたびたび登場したり、川上弘美さんがエッセイの中で“マルケスの小説における匂いは、生の匂いであり再生に向かう匂いである”と述べていたりして、マルケスの本への憧れはつのるばかりだった。いざ、読んでみると、今まで読んだことのない独特の雰囲気と、何かが崩れてゆくような胸騒ぎを感じた。あぁ、これがマルケスの匂いの1つなのか。なんて思った。

 さて、マルケスの匂いについて書こうと思う。さらりとさり気なく。川上弘美さんが言っていた“生の匂い”と“再生に向かう匂い”は、この作品でも感じられる。具体的に言うのならば、事件の舞台となる町全体にその匂いはある。事件が起きるのは、町をあげての婚礼騒ぎの翌朝。司教が乗る蒸気船を迎える人々が溢れる広場である。閉鎖的な田舎町には、差別や妬み、憎悪といった民衆の感情が渦巻き、共同体は崩壊寸前。入り組んだ長く積もりに積もった感情が、事件を起こさせたのかもしれない。殺しを押し進めたのは、町にいた人々全員かもしれない。崩壊寸前の共同体が再生するために必要だったのが、彼の死だったのかもしれない。じわじわとそんな思いになった。

 人々の間にあったいくつもの偶然は、幾重にも重なって予告通りの殺人事件となった。この不合理な事件は、町に暮らす人々があたかも宿命に操られて起こったようにも見える。そして、人々は、それぞれの果たしていた役割に誇りを持っているようにさえ感じられる。<わたし>によって、明らかになる事件を辿れば、人々が望んで起きた事件にも思えてしまう。なぜ、サンティアゴ・ナサールという男が、犠牲とならねばならなかったのか。彼が選ばれた理由とは。後半部分を深く読み進めていると、マルケスの匂いに誘われるままに感じていたいくつかの事柄が、確信へと変わってゆく。ぎゅっと凝縮された短い物語の中に、人が持つ恐ろしい部分を感じずにいられない。

4102052119予告された殺人の記録 (新潮文庫)
Gabriel Garc´ia M´arquez 野谷 文昭
新潮社 1997-11

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コメント

もう一つリスカの詩があります。

投稿: とし坊 | 2005.08.12 11:36

とし坊さん、再び来てくださってありがとうございます。
“もう一つのリスカの詩”というのが、見つからなかったのですが…私の探し方がいけなかったのかしら。

投稿: ましろ(とし坊さんへ) | 2005.08.12 12:45

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受信: 2005.10.02 00:38

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