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2005.08.15

わたしがちいさかったときに

20050815_123 戦後60年の今日だからこそ、読もう。そう思って手にしたのは、原爆の悲惨さを綴った手記である、長田新・編、岩崎ちひろ・画『わたしがちいさかったときに』(童心社)。子どもたちの平和への叫びが痛いほど心に突き刺さり、今を生きる私たちにありのままを伝えている。この本のはじめには、ナジム・ヒクメットという人の詩がある。私が惹きつけられたのは、“あたしは死んだの あのヒロシマで あのヒロシマで 十年前に あのときも七つ いまでも七つ”という部分。死者は歳をとらないということが、あまりに残酷に思えた一節。永遠に七つの少女は、今日の日をどう思っているのだろう。

 この本の最後にある、峠三吉さんの有名な詩を載せておく。平和ボケしないように。かつて起こった出来事を忘れないように。“ちちをかえせ ははをかえせ としよりをかえせ こどもをかえせ わたしをかえせ わたしにつながる にんげんをかえせ にんげんの にんげんのよのあるかぎり くずれぬへいわを へいわをかえせ”

 10年前の3月。私は、沖縄と長崎を旅した。なんて、書くとかっちょよいが、戦争について学ぶ学校行事の旅行だった。5泊6日。戦争について学ぶには、短い日程。けれど、戦争だけをメインディッシュにするには、あまりに長い息苦しさ。数ヶ月前からの事前学習の段階で、私の精神状態は少々おかしくなっていた。多くの資料をあたるだけで、吐き気を感じる始末。旅行中は、ずっと口を閉ざすほどにナーバスだった。

20050815_184 その旅行で一番しんどかったのは、沖縄での出来事。住民を巻き込んだ、日本唯一の国内地上戦が行われた場所が沖縄である。糸数壕の中に入ったことだった。この壕の中で、多くの人が息をひそめ、身を寄せ合っていたらしい。まだ3月だというのに、暖かくのどかな壕の外とはうって変わり、壕の中は息をひそめるほどひんやりとしていた。真っ暗で空気のうすい壕の中で、戦争中の話を聞いている間、泣き出す者や倒れる者が続出。まあ、女子校なもので。ときどき頭上からポタリと雫が落ち、悲鳴があちこちで聞こえた。私の首筋にも雫は落ちたが、声がでないほど怯えていた。旅行記にはこうある。“壕の中は時間が止まっているようで、外の状態はわからない。私は、壕を出たときの空気のおいしさと空の青さ、のどかな景色に強く安心した”と。忘れていた感覚が、疼き出すのを感じた今日、久しぶりに祈った。

4494027863わたしがちいさかったときに (フォア文庫愛蔵版)
長田 新
童心社 2004-02

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コメント

ましろさんコメントありがとうございます。

普段の生活ができるのは、日本がさまざまな歴史を重ねてきたからだと思います。

今後も平和な生活ができる環境を壊してはならないと思います。


投稿: けんぼー | 2005.08.16 11:19

けんぼーさん、コメントありがとうございます。

今日までの歴史あってこその平和だと、私も思います。
こういうふうに考えられる気持ちを大切にしたいです。

投稿: ましろ(けんぼーさんへ) | 2005.08.16 19:48

 今実家にいるんですが、久しぶりに家族で夕飯を食べました。もっとも、都合のつかないものもいて家族全員ではなかったのですが、それでも弟も帰ってきてて、久しぶりに家族での夕飯でした。変な話ですが、ちょっと照れくさい感じがしました。10年ぐらい前は、もっと家族も多くてみんな今よりももう少しだけ元気でにぎやかな食卓だったはずなんですけどね。

 僕は人間はやはり利己的な動物で、闘争の中でしか生きられない動物なのではないかと思います。たとえばプライドを守るために人を傷つけてしまったりだとか、利権の為に他人を犠牲にしたりだとかいうことは日常的に起こっている。これは人間である以上は避けられないことなのかもしれません。けれども、戦争だけは僕も反対です。戦争は家族の何気ない日常生活ですらも奪い去ってしまう。

 幼いころに広島の原爆にあった家族を扱った絵本を読んだ記憶があるのですが、それは、こんな感じでした。

 お父さんとお母さんとお祖母ちゃんと、みんなで一緒に幸せそうに食事をしていた女の子がある日被爆する。まず祖母ちゃんが亡くなり、お父さんも数日後に亡くなる。残されたのはお母さんとその女の子のふたりだけ。女の子は被爆してから肉体的な成長がとまってしまう。数年たって、混乱がおさまったあと、二人だけの食卓を囲んでいる様子が描かれる。

 食い意地が張っているせいか、その絵本で家族そろっての最後の食事のメニューはサツマイモのてんぷらだったということだけははっきりと覚えているのですが、もう細部はぼやけてしまいました。けれでも、今でもまだ覚えていることを思うと幼いながらに強い印象を受けたのでしょう。

 いくらプライドを傷つけられようが損しようが、家族でささやかな食卓を囲む生活ができれば、それ以上に求めるものなんてないんじゃないかって僕は考えます。それを破壊してまで何かを守ってみたとこれでどれだけの価値があるでしょう。

 

投稿: るる | 2005.08.16 20:40

るるさん、コメントありがとうございます!
家族そろっての食事が幸福であること、私は忘れていることが多い気がします。人間というのはとても欲深いもので、幸せに慣れてしまうのかもしれませんね。もっともっとを要求して、限りのない幸せを手に入れようとする。そんな自分を見つけてしまうと、恥じてへこむばかりです。いつも謙虚でいられたらよいのに。

るるさんが読まれた本は、何という本なのでしょう。
すごく読んでみたい内容です。探してみなっくっちゃ。

投稿: ましろ(るるさんへ) | 2005.08.17 08:47

 タイトルは『ピカドン』だったような気がして調べてみたんですが、同じ名前の本がありすぎて分かりませんでした。ひょっとして全く違うタイトルだったのかも。

 赤をふんだんに用いた滲むような水彩画で全体が描かれています。少女は被爆直後にガラスの破片を浴びて、その結果何年も後に母親に頭に残った破片を取って貰うという場面があったことも思い出したのですが、小学校入学前後に読んだものなのでもうそれ以上の記憶はないです。ごめんなさい。

 もし絵本のタイトルが分かったら僕ももう一度読んでみたいので教えてください。

投稿: るる | 2005.08.17 20:14

るるさん、再びコメントありがとうございます!

赤をふんだんに用いた滲むような水彩…これで真っ先に思い出したのが、丸木俊さんの『ひろしまのピカ』でしたが、内容が少々違うみたいでした。みいちゃんという女の子が出てくるのですが。実際に読んでみないと、詳しいことはわからないですね。『ピカドン』も丸木さんの作品ですし、戦争関係の絵本で“赤”と言えば、丸木さんの作品なのかしら、と勝手に判断致しました。

明後日、図書館へ行くので、実物をあたってみますね。見つかるかなぁ…わくわく。ドキドキ。

投稿: ましろ(るるさんへ) | 2005.08.18 15:55

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