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2005.07.26

香港の甘い豆腐

20050721_059 母親を黙らせるとっておきの一言、“どうせ父親も知らない私ですから”。その言葉がきっかけで、17歳の夏を香港で過ごすことになった少女の物語である、大島真寿美・著『香港の甘い豆腐』(理論社)。人付き合いが下手で、自分に自信がなくて、夢がなくて、希望がなくて…次第に学校をさぼるようになっていた彩美。そんな少女は、銃口を突きつけられるように、パスポートとエアチケットを握らされ、香港に連れて行かれた。母親の急な思いつきだったはずの香港行きは、少女の心を大きく揺さぶるものとなる。香港という街並みも、広東語も全く知らない読み手をも惹きつける、魅力的な描き方が心地よい。

 強烈な異質の匂い、圧倒される街並み、鬱陶しいくらいにやかましい言葉…それらのものに冷ややかに対面していた彩美。旅行のメインだったはずの父親との対面は、あまりに奇妙であっけなく、彩美は自分の新たな気持ちを知ることになる。父親がいない特殊性を、好ましく思っていたのかも知れない。母だけで充分なのではないか。そして、私はもっと香港にいたい、と。予定の4日間で母親が日本に帰っても、彩美はしばらく香港でホームステイをすることになる。彩美の目を通して伝えられる香港と、そこに暮らす人々の様子が、徐々に変化してゆくのが面白い。

 彩美が繰り返す言葉がある。“ここはどこ?”である。もちろん、答えはわかっている。ここは香港であると。わかっているのに納得できない。それでも、しつこく思う。ここはどこ?と。そんな彩美は、あるときふっと思うことができるようになる。あぁ、ここは香港なのだなあと。決して、特別な朝を迎えたわけでもなく、ごくありふれた朝である。自分が今ここにいることを、自分の力で確かに立っていることを、感じたに違いない。何となく生きて何となく流されていた彩美の、小さくも大きな心の変化である。果たして私はちゃんと立っているだろうか。私も自分に聞いてみたくなった。

 物語の中に登場する言葉で、“好開心(ホウホイサム)”というのがある。心が開くと書いて“うれしい”を意味する。彩美からの電話で、香港での全ての出来事を知っているはずの祖母は、彩美の母親の報告にわざわざ怒ってみせる。香港でのホームステイに反対していたはずの母親は、彩美を香港に残してきたことを祖母に責められると、余裕綽々で言う。“彩美にとっては自分の国でもありますから”と。こんなお互いに相手を挑発するようなやり取りに、“好開心”という言葉を思い浮かべた。そう、思っているだけじゃなくて、話すべきなのだ。知っていることだって、もっともっと。

4652077475香港の甘い豆腐
大島 真寿美
理論社 2004-10

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