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2005.07.02

シュガータイム

20050702_026 “砂糖菓子みたいにもろいから余計にいとおしくて、でも独り占めにしすぎると胸が苦しくなるの。わたしたちが一緒に過ごした時間って、そういう種類のものじゃないかなあ”という言葉が印象的な、小川洋子・著『シュガータイム』(中公文庫)。誰もが持っている、これだけは物語にして残しておきたいというような何か。臆病になって、書き手がどこから手をつけていいのかわからなくなる。そして、つい長い時間押しやってしまう。そういうことを、幸運にも著者は描くことが出来たのだと、あとがきで述べている。

 1日の中で、食べた物を全て日記につけ始めた大学生の主人公。自分の食欲が普通でないと感じ始め、どれだけ普通でないのかを確かめるために。過食症でもなく、拒食症でもなく、異常な「食」に対するこだわり。それは別に、おいしいものを食べる必要はなかった。ただ食べてさえいればよかった。ときには、奇妙な日記に書かれた文字を見るだけで、食べ物の名は鮮やかに生々しく刺激的に感じられた。そして、主人公にいつでもそっと寄り添ってくれたのは、食欲だけだった。もちろん、主人公には友人もいるし、恋人もいるし、家族だっているのだけれど、私にはそう感じられた。

 この小説の途中には、小柄な男性の食事の場面がある。難病で小さい弟がいたせいか、その男性にぐっと引き寄せられた主人公は、じっとずっと観察する。一人きりでレストランにて、食べることに全精神を集中させている男性の姿。そこに、なぜか私はイヤらしさを感じてしまった。強まってゆく「食」の下品さ、生々しさ、グロテスクさ。人間が、日々繰り返している当たり前の行為は、よく考えてみたらもの凄く不思議なものではなかったか。体の中に飲み込まれたものの行方は、あまりに儚いのではなかったか。私もいつのまにか「食」に囚われてしまったのか。小川作品にたびたび登場する、グロテスクなまでの描写や、「食」への執着が冴えているせいかもしれない。

 それから、主人公の友人が、夏休みに東京から実家へと帰省するときの気持ちをこう言っている。“東京での出来事を全部おさらいして、ひとまとめにして、きゅっと紐で縛るみたいな感じ”と。同じような思いを感じたことのある私は、懐かしい気持ちになった。そのときどきで、思いは異なる。晴れ晴れとしている時もあれば、つらい時、無感情な時もあった。様々なことを思い出して、泣きながら向かったこともある。まさにおさらい。まさにひとまとめである。けれど、実家に住むようになると、東京と実家との行き来に、当時感じていたような恋しいような、切ないような思いはなくなってしまった。その理由が何であるのか、残念ながら私にはわからない。

4122020867シュガータイム (中公文庫)
小川 洋子
中央公論社 1994-04

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