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2005.07.29

オテル モル

20050719_029 “どうか今夜も、安眠に恵まれますように”地下13階のオテル・ド・モル・ドルモン・ビアンが提供するのは、最高の眠りとそこから導かれる最良の夢。そんな理念を掲げたホテル、じゃなくてオテルで働くことになった希里が主人公の、栗田有起・著『オテル モル』(集英社)。希里には、薬物中毒の双子の妹がいる。両親は、小さな頃から妹にかかりきり。かつて希里が付き合っていたことのある妹の夫と、妹の娘である姪と、3人で暮らしている。物語は、読み手の近い現実とはかけ離れているはずなのに、希里の置かれている立場は痛いはずなのに、なぜか心おきなく気持ちを漂わせることが出来てしまう。

 この物語の中で魅力的なのは、オテルだろうと思う。その存在、佇まい、流れる時間、空気、どれをとっても素晴らしい。ビルとビルの人一人くらい通れる隙間にある、会員制契約型宿泊施設で、どこまでも細やかに配慮された眠りのための空間となっているのだ。良質の眠りを求める人だけが、会員となることが出来る。一致団結して、同じ物を求める。“私も会員になりたい”そう感じる人は、きっと多いことだろう。毎日のように薬の力を借りている私でも、心地よい眠りを味わえるだろうか。深く深く沈み込むような、柔らかで静けさに満ちた世界へ…気がつけば私は、そういう世界からどんどん遠くへ来てしまっている。

 “眠り”それは、もしかしたら人間が生きるために、最も大切なものかもしれない。食べることよりも、心を通わすことよりも。ずっとずっと。精神を休めることができなければ、人はどんどんおかしな方向へ行ってしまう。墜ちていくのはあまりに早く、はっきり自覚したときにはもう遅い。オテルに来る客は、どの人もみんな眠りと夢に問題を抱えている。彼らには、わざわざ厳しい契約を結んでまでも、手に入れたい眠りがここにはあるのだ。自分の外側から来るずっしりした眠りの気配を、胸を揺らす心臓の鼓動を、私がここに確かに存在しているということを、オテルじゃなくても体験する術はないものか。

 眠りについてばかり書いてしまったが、主人公・希里の人間的魅力についても語っておかなければならない。崩れおちてつっぷし、泣くこともある。妹の夫であるはずの男と、体を重ねることもある。妹の態度に、悪意を感じることもある。家族全員が揃う場面で、疎外感を覚えることもある。それでも、決してねじれていない。彼女の見ている方向は、決して暗くない。読んでいて、清々しいくらいだった。それは、彼女の置かれてきた環境のせいなのか、積み重ねられてきた年月がそうさせているのか。私自身も、その向く方もそうであればいい。そうあらねばと思った。

4087747468オテルモル
栗田 有起
集英社 2005-03

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コメント

大好きな本です!こんなホテルが実際あったら絶対会員になるのに…と思います。
私はこの本で栗田さんにはまりました。

投稿: chiekoa | 2005.07.29 23:27

chiekoaさん、コメント&トラックバックありがとうございます。
私も会員に…!そして、私も栗田さんの作品にはまりそうです。あと2冊図書館から借りているので、楽しみ楽しみ。

投稿: ましろ(chiekoaさんへ) | 2005.07.30 15:30

トラックバックありがとうございました。返させていただきました。
オテル全部でいっせいに同じ眠りについてるかのようで、すごく不思議な小説でしたね。
フロントでパンク踊っちゃうとみんな元気になったり・・(笑)
私も泊まりたい・・・
で、栗田さんの本ははじめて読みましたが、ちょっとはまりそうです。ステキな空気を持ってますよね。

投稿: ざれこ | 2005.07.31 01:43

ざれこさん、コメント&トラックバックありがとうございます!
ホント不思議な小説ですよね。とっても魅力的。
オテルでの眠りに惹かれて、無臭にするためにアロマを止めたり、早々灯りを消したり、猫を閉め出したり(重いので)…
うぅ、なかなか望みどおりの快眠は、体験できないものですね。
栗田さんの小説の素敵な空気に、私ももっとふれてみたいです。

投稿: ましろ(ざれこさんへ) | 2005.07.31 07:47

こんにちは。わたしも、オテルモルの眠りを経験してみたいものです。ほんっとうに!あんなに、人を夢中にさせる眠りって、いったいどんな眠りなんでしょうね・・・。

私は、この本、表紙の絵がとても好きでした。では。

投稿: ゆうき | 2005.08.01 18:59

ゆうきさん、コメントありがとうございます。
人を夢中にさせる眠り。どんななのでしょうね。明らかに自分の今の眠りは、あまりいいものではないとわかるのですが…
表紙、私も素敵だと思います。深みのある色合いが好きです。

投稿: ましろ(ゆうきさんへ) | 2005.08.02 07:40

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