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2005.06.10

海の仙人

20050610_117 物語の流れるままに身を委ねて読んでいたら、泣いていた。何が悲しいわけでもないのに胸がじーんと熱くなった。私をそんなふうにしたのは、絲山秋子・著『海の仙人』(新潮社)である。春の終わり、世捨て人みたいな暮らしをする主人公の男のもとに突然現れた<ファンタジー>という名の神様らしきもの。神様なのに誰も救うことができないし、特別何かをするわけでもない奇妙な存在である。そして、なぜか誰もをどこかで会ったことがあるような懐かしいような気持ちにさせる。そんな<ファンタジー>を中心に描いたような物語。

 主人公は宝くじに当たったのを機に、仕事を辞めて敦賀半島に移り住む。ふとしたきっかけで知り合う年上の女性とは、彼女の仕事の都合でときどきしか会うことは出来ないのだが、遠距離ながらも順調に進展していく。ある一点を除けば。主人公にずっと思いを寄せている気心しれた元同僚の女性が、休暇で主人公を訪ねてきて、何となく<ファンタジー>も含めた3人でちょっとした旅行をすることに。途中途中で出会う元同僚の友人たちが、なかなか味わい深く興味のわいてくるような人ばかりである。

 物語は、旅の後から徐々に思わぬ方向へ進んでいくのだが、淡々と時間が流れているのでそのまま流れに漂う感じですらすらと読めてしまう。けれど、私はそんな展開になる前に既に泣いていた。恥ずかしながら、たった16ページの段階で。<ファンタジー>と主人公が出会って間もない場面で。主人公がふと気づいてこう言う。“僕がする話って、みんな過去のことやねん。会社やめてから、時間がたてばたつ程な、ほんまに自分が生きてるんか、て思うことあるわ”と。それに対して<ファンタジー>は、経験だけが生きている証拠ではないだろうと言うのだが、私にとって身につまされるような言葉だった。

 他にも、<ファンタジー>が放つ“自らが自らを救うのだ”という言葉や“誰もが孤独なのだ”という言葉が、物語の最後まで胸の中で熱くふつふつとしていた。主人公と一緒になって、心がひきつるように痛くなるのを感じた。結婚しようが、子供がいようが、孫がいようが、孤独はつきまとうという当たり前のことをさらりと言われてしまったことが、妙にショックだったのかもしれない。何かの集団、組織、会社などに属することで得られるような安易な帰属感など、慰めにすぎないのだと知っているはずなのに。自分の心もちや在り方で、どうにでもなることなのに。背負っていかなければいけない最低限の荷物にすぎないのに。この物語の中では、単なるちょっとした思いつきみたいに語られるのだ。私にとっては、かなり痛い小説だった。

4101304513海の仙人 (新潮文庫)
絲山 秋子
新潮社 2006-12

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コメント

雨続きでうっとうしい毎日が続いています。
「海の仙人」を探していましたが、見つからずアマゾンに注文しました。読んでいない本がたまっているので、今月中には読み終えたいと思っています。

投稿: 早乙女 | 2005.06.15 18:43

早乙女さん、コメントありがとうございます。
「海の仙人」、なかなかよいですよ。私も、読んでいない本がたまっております。欲しい本もいっぱい…即買えないのが悲しいです。

投稿: ましろ(早乙女さんへ) | 2005.06.15 21:44

はじめまして(だったと思います)。トラックバックさせてもらいました。
この本は、私は普通に読み終えてしまいましたが、同じ糸山さんの「袋小路の男」では自分の過去と重ね合わせて冷静に読めませんでした。読む人とチャンネルが合ったらすごく影響を与える、そういう作家さんなのかなあとここの感想を読ませてもらって思いました。不思議ですよね。

猫の写真むっちゃかわいいですね。またよらせてもらいます。

投稿: ざれこ | 2005.06.16 23:47

ざれこさん、コメント&トラックバックありがとうございます。
そうですね。絲山さんの小説は、本当に不思議だと思います。まだ3冊しか読んでいないのですが、すっかり虜になっております。<ファンタジー>が出てきた時点では、“今回はダメかも…”なんて思っていたのに、いつの間にか物語の世界に引き込まれていました。
猫の写真、本物よりも可愛く撮れた気がしています(笑)
私からもトラックバックさせてくださいませ。

投稿: ましろ(ざれこさんへ) | 2005.06.18 00:07

TBさせていただきました。やっとで読み終えました。
クライマックスはやはり絲山ワールドだなと納得してしまいました。

投稿: 早乙女 | 2005.06.30 20:57

早乙女さん、コメント&トラックバックありあとうございます。
絲山ワールド、とってもいいですよね。
私の場合は、結構偏った主観で読んでしまうので、いろんな方の記事を読むことが楽しみです。
じっくり読ませていただきますネ。

投稿: ましろ(早乙女さんへ) | 2005.06.30 21:46

TBさせていただきました。
私も本と猫が好きです。

投稿: *yuka* | 2007.05.29 01:09

*yuka*さん、コメントありがとうございます!
どうもTBの方は、うまくゆかなかったようです。
すみません。よろしければ、再度送ってくださると嬉しいです。

投稿: ましろ(*yuka*さんへ) | 2007.05.29 15:41

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» 「海の仙人」絲山秋子 [本を読む女。改訂版]
海の仙人posted with 簡単リンクくん at 2005. 5.31糸山 秋子 / 糸山 秋子著新潮社 (2004.8)通常2〜3日以内に発送します。オンライン書店ビーケーワンで詳細を見る 芥川賞候補にもなった中篇。 宝くじで3億円あてた河野、敦賀にこもって、砂をしきつめた家で、 のんびり釣りをしてすごしている。 そこにいきなり中年の外人のおっさんが現れた。 「ファンタジーが来た」河野は思う。 彼は神様だったが、ただそこにいるだけだった。 そんな河野とファンタジーと、... [続きを読む]

受信: 2005.06.16 23:42

» 海の仙人  絲山秋子(新潮社) [作家志望の日々]
「袋小路の男」以来の絲山さんの作品。 ファンタジーという神様が出てくるというので、最後まで読めるかなぁと思いながら読み始めた。やはり彼女の文体は軽くて、すんなり入ってくる。 主人公河野は宝くじに当たったのをきっかけに会社を辞めて、敦賀に引っ越し、アパート経営で暮らしを立てている。彼女はキャリアウーマンのかりんさんだが、一緒に同棲しているわけでもない。そんな河野はファンタジーと出会い、しばらく一緒に暮らす話。 大... [続きを読む]

受信: 2005.06.30 20:45

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