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2005.06.27

物語が、始まる

chato4 奇妙でユーモラスなのだけれど、どこか哀しげな4つのお話を収録した、川上弘美著『物語が、始まる』(中公文庫)。どこにでもあるような暮らしの中に、ふっと迷い込んでくるおかしな異物感。味わい深い作品が並んでいて、心地よい。それぞれの話の長さといい、ストーリー展開といい、会話のリズムといい、どれを取っても完璧な装いを感じてしまう。それは、隙がないというのではなくて、ちょうどいいところに配置されているという感じである。

 表題作である「物語が、始まる」は、粗大ゴミ収集の日に近くの公園で男の雛形を拾うところから始まる。次第に雛形ではなくなって人間の男に近づいてくるところや、ゆき子と雛形との会話が正しい日本語的に交わされているところ、雛形とゆき子の恋人が最後まで当たり障りのないことでやり取りを終えるところも可笑しい。雛形の成長と退化というプロセスはどことなく哀しく、ゆき子と恋人の会話が変わっていくところもせつなくなってくる。些細な感情の変化に気づくことが出来るくらいの、物語の流れがいい。

 続いて、2話目の「トカゲ」。所有者に幸運をもたらすという中国産の黄色い座敷トカゲを巡る3人の主婦の日常である。次第に巨大化してゆくトカゲを崇拝するうちに、快楽共同体へと変容していく様は、日常をリアルに描いていく鋭い観察眼の為せるワザだろうか。不気味な世界観であるのに、それを日常の一コマのように感じさせてしまう力があるように思う。爬虫類も両生類も昆虫類も大嫌いな私までも、トカゲに惹かれてしまうくらいなのだから。恐るべき文体。そして、表現力。

 続く3話目の「婆」。たくさんの猫を飼う老婆の家の台所にある深い穴の中で、主人公が不思議な体験をするという内容。この物語で印象深いところは、穴の中で自分の変化に気づくところである。まず、味が変わり、“味が変わったので、日課が変わった。味が楽しいので、知らないものも買うようになった。知らないものを買うので、知らない店に行くようになった。知らない店に行くので、知らない電車に乗るようになった。知らない電車に乗るので、知らないものを見るようになった”と変化していくのである。

 さらっと書いてしまうと、何て事はない当たり前のことなのだが、繰り返し読んでみて欲しい。1つ変わっただけで、こんなにもたくさんのことが変わるのかと思わないだろうか。人間というのは何と自由なのだろう。何と変貌自在な生き物なのだろうと。些細な変化に対しても、いつでも敏感でありたいと思った。だって、その変化に気づけなければ、変化のしようがないではありませんか。意識してこその変化なのだから。

4122034957物語が、始まる (中公文庫)
川上 弘美
中央公論新社 1999-09

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コメント

ましろさん、こんにちは! Sachiです。

今回はこちらの記事にTBさせていただきました♪

いやぁ、なんとも不思議な作品集でした。
でもなんとなく嫌じゃないんですよね。
ちょっと自分ものぞいてみたくなって。

川上弘美さん、初めて読みましたが、癖になりそうです。

投稿: Sachi | 2006.03.27 17:30

Sachiさん、コメント&TBありがとうございます。
初めてがこの作品って、いいセレクトですね~!
不思議だけれど心地よい世界で、楽しく読めたなぁ…と思い出しました。
ぜひぜひ、癖になってください。そして、どっぷりとはまってください!

投稿: ましろ(Sachiさんへ) | 2006.03.27 20:40

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本書に収録されている4編(表題作、「トカゲ」、「婆」、「墓を探す」)を読んでの [続きを読む]

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