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2005.06.21

赤い蝋燭と人魚

101-0110_toki 美しく切ない人魚の娘の物語である、小川未明作、いわさきちひろ画による『赤い蝋燭と人魚』(童心社)。先日訪れた安曇野ちひろ美術館の絵本部屋にて、国内外約3000冊もの絵本から何冊か読んだ中の1冊である。表紙の少女の何とも言えない哀しい表情と、強い意志を感じる黒い目に惹かれて手に取った。あまりに薄幸な人魚の娘の運命に熱いものを感じ、人間の心変わりの虚しさにため息が出た。このままではいけない。この物語から得たものをずっとずっと大切にしたい。そんな思いにかられて購入した。

 この物語は、北方の海に棲む人魚の人間への憧れから始まる。冷たく暗い気の滅入りそうな海の中での暮らしを嘆き、いつも明るい海のおもてでの生活を夢見た。そして、人間の住んでいる町は美しく、人間は世界中で一番やさしいのだと信じていた。子供と離れて暮らすのは悲しくても、幸せに暮らしてくれるならと思い、子供を産み落とすために陸へ近づいたのだった。その子供は、人間の手によって愛情こめて育てられるのだが、お金に目のくらんだ同じ人間の手によって不幸な運命を辿ることとなる。

 “人間は世界中で一番やさしい”。そう信じていた人魚を思うと、胸が痛くなる。この言葉だけで、自分自身を省みなければいけないと強く思う。確かに、人間はやさしい生き物なのだろう。けれど、同時に醜くい部分をたくさん持ち合わせている。やさしさだけしか持ち合わせていない人間なんて、どこにもいないかもしれない。そんな人間はつまらなくて、魅力的ではないかもしれない。そう思いながらも、人魚が憧れた空想の中の人間に近い自分になりたいと、ならなければいけないと感じた。ほんの少しでも清らかでいなければと。

 それから、もう1つだけ書いておかなければいけないことがある。この『赤い蝋燭と人魚』の画を書いた、いわさきちひろさんのことだ。ちひろさんにとって、この本は未完の遺作となった。ちひろさんの息子である松本猛さんによる解説を読むと、どんなふうにして美しい画の数々が描かれたのかがわかる。荒々しく冷たいのであろう北の海や、人魚の娘の不安げな表情が、とりわけ印象深く心の中に染みてくる。きっと何十年という歳月を経ても、いつまでも多くの人々に愛され続けるのだろう。

4494021172赤い蝋燭と人魚 (若い人の絵本)
小川 未明 いわさき ちひろ
童心社 1975-06

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コメント

小川未明の本は読んでてドキッとさせられる話が多いですね。人魚が「人間は世界中で一番優しい」と信じたのは、非常に痛々しく思います。でも、やはり人間社会というのは一筋縄ではいかないもので、どうしても醜い部分が存在する。肉体というハードを使って生きる以上、もはやこれはやむをえないのでないかとも思うのですが、それでも何時までも清らかでいたいですね。でも、清らかだということはひょっとしたら、それだけ「死」に近いのかもしれない。この世界の本質が清らかなものでないのなら、清らかであるというのは、死の世界に通じるものがあるのかもしれない。小川未明の作品の中には、「金の輪」というのがあるけれど、これって凄く怖い話ですよね。幼いころに読んで強烈な印象を受けて寝られなくなった思い出があります。

投稿: るる | 2005.06.26 03:23

るるさん、コメントありがとうございます。
うんうんそうですね。小川未明の作品は、どきりとさせるものが多いですよね。痛いトコついてくる感じが、何だか泣けてくるほどに…
それに、るるさんのコメントもドキリとなるものが多く、毎回ドキドキですよ。
“清らかであるというのは、死の世界に通じる”というのも、頷けました。そういうふうに考えていくと、『赤い蝋燭と人魚』という話は、ものすごく怖い話なのかもしれません。
『金の輪』というのは、まだ未読の作品なので、読まなければと思っております!

投稿: ましろ(るるさんへ) | 2005.06.26 14:30

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