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2005.05.18

水の繭

20041128_011 様々な思いを、出来事を、長い間心に秘めながら生きてきた少女のひと夏の物語である大島真寿美・著『水の繭』(角川書店)。そうっと静かに抱きしめたくなるような、密やかに心のうちに留めておきたくなるような、そんな繊細で透明なお話。主人公の気持ちと一緒に、こちらも心が揺れ動く。次第にほっこりと。穏やかに。

 両親の離婚によって母親と双子の陸と離ればなれになり、共に暮らしていた父が急死。一人になったとうこは、大学を休学し、心にぽっかり開いた穴を抱えて気怠い日々を送る。そんな暮らしの中で、幼い頃から何度となく家出を繰り返してきた従妹の瑠璃が転がり込んでくる。瑠璃の将来の夢の家であった平屋で、店を構えようとしている不思議な力を持つ遊子と出会う。彼女たちとの関わりの中で、とうこはたくさんのものに気づき学び成長していく。こんな風に書いてしまうと、かたーく思えてしまうかもしれないけれど。実際にはもっともっとやわらかな雰囲気のお話なのですよ。

 この物語の中で、いいなぁ好きだなぁと思う箇所が2つかある。1つ目は、かつて家出してきた瑠璃にとうこの父親が言った言葉、“こっちの方がいいな。こっちの方がましだな。そうやって移動していけ。それがきみの質らしい。それでいいんだ、それで。すばらしいじゃないか…”。あっちこっちと気ままに思う方へと進む瑠璃にとって、これは嬉しい褒め言葉だった。自分のことを正しいのだと教えてくれる。そのままでいいのだと肯定してくれる。そういう大人・人間というのは、少ないのではないかなと思ってしまったのだ。10代の頃やそれ以前に、自分の存在を認めてくれる人や言葉をとてつもなく欲していた私にとって、とうこの父親の言葉は理想の人間像的なもののような気がしてしまった。けれど、こういう言葉って我が子には言えなかったりするものなのよなぁ…悲しいことに寂しいことに。とうこも「そういう言葉は私に言ってくれればよいのに」なんて、思ったかもしれない。

 そして、2つ目。瑠璃の言葉である。とうこの従妹の瑠璃はなかなかいいことを言うのだ。早くから社会の荒波にもまれているせいなのか、精神年齢が高いせいなのか(主人公は年の差を感じずに話せると、物語の中で語っている)。毎日忙しく働く瑠璃に対して、不満げにとうこが訊くと“楽しいから”とあっさり答える。“もっと楽しい仕事があるかもしれないし、もっと楽しい人たちに会えるかもしれないし、もっと楽しい何かが起きるかもしれないし、ああ楽しいっていう時間が増えるのがとにかく楽しいってことだよ”なんて言う。“楽しいことは、自分でさがす。楽しいところへは、自力で移動する”そういう姿勢が素晴らしいなぁすごいなぁと単純に思う。私の中にはないものだからなのか、そういう前向きな人であれたらとどこかで感じているのか。きっと、両方なのだろうなぁ。

4043808011水の繭 (角川文庫)
大島 真寿美
角川書店 2005-12

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コメント

こんにちは。コメント&TBありがとうございました。

ましろさんが書いてらっしゃる通り、とても繊細で透明感あるお話ですよね。
感想を拝見しながら「うんうん。判る判る!」頷いてました。
とにかく優しく物語を描き出す瑞々しい文章が、大島さんの魅力ですよね。
私も大好きです。

もう少ししたら『チョコリエッタ』を再読するつもりです。
無事読み終えたら、TBさせてくださいね。
よろしくお願いします。

投稿: 七生子 | 2005.08.15 09:09

七生子さん、コメント&トラックバックありがとうございます!
大島さんの作品は、まさに“優しく物語を描き出す瑞々しい文章”ですよね。
心がほっこりなるところも大好きです。

トラックバックは大歓迎ですので、どんどんしてくださいまし。
私からもさせてください!
こちらこそ、宜しくお願い致します。

投稿: ましろ(七生子さんへ) | 2005.08.15 15:58

ましろさん、こんばんは!
ましろさんのレビュー拝見してまた読み返したくなりました。
ましろさんの文章は本当にやわらかくて優しくて好きです♪

「水の繭」というタイトルも素晴らしいですよね。
大島さんの文体に触れて心が瑞々しくなりました。
こちらからもTBさせていただきますね。

投稿: リサ | 2005.12.29 23:26

リサさん、コメント&TBありがとうございます!
嬉しい言葉に照れております。恐縮です。

タイトル、本当に素晴らしい。装丁も素敵ですよね。
文庫化された機会に、手元に置いて読み返さねばと思います。
これからも、もっともっと大島さんの文体に触れたいです。

投稿: ましろ(リサさんへ) | 2005.12.29 23:53

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受信: 2005.08.15 09:00

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