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2005.05.24

ニシノユキヒコの恋と冒険

20041104_065 西野幸彦という男性に関する10の連作短篇集、川上弘美・著『ニシノユキヒコの恋と冒険』(新潮社)。彼に恋した女性たちが、様々な年代の“西野幸彦”を語る。そうして見えてくる一人の男性の姿は、孤独に満ちていた。しかめても甘いマスクを持ち、清潔で几帳面。ほんの少しの陰影があり、話に厭味がない。その上、やさしくて礼儀正しく、正直であるのにもかかわらず。もちろん、女性に好かれることは好かれるのだが。

 “どうして僕はきちんとひとを愛せないのだろう”そんなことを西野幸彦は言う。愛されないことに頑固なくせに、愛させてくれない男。愛するひとなんか、ほんとうは欲しくないくせにと思いながら、女たちは離れていく。彼のような男の「ぜんぶ」を欲しがることなど無理であると気づいて。彼は結局、本当に誰かを好きになることを知らなかったし、知ろうともしなかったから。愛してた。ごめんね。さよなら。そんなふうに別れがくる。せつないようで、どの別れもあっけない。深いようで浅い。一瞬の出来事みたいだ。

 この物語を読みながら、“西野幸彦”という人物のことが愛おしくてたまらなくなった。彼のことを語った女たちのように。別れが約束されている恋だとしても、きっとこの男が目の前に現れたら気持ちを全て持っていかれそうだ。そう思うのは、長くて深い恋愛をしたことがないからかもしれない。どこかしら、自分と似たものをふっと感じたからなのかもしれない。愛されたいと強く思いながら、人を本気で愛することがなかなか出来ない自分を感じてしまったからなのかもしれない。自分を思うように誰かを愛する事って、実に難しい。あっ、そもそも私はそんなに自分を愛していたのだっけ…

 きっと、“西野幸彦”という人間はいつまでも思い出されるのだろう。鮮明に。熱烈に。くるおしく。例え愛されなかったとしても、愛した気持ちはずっとじーんと心に残るものだから。胸に秘めておくことが苦しいくらいに。一度好きになった人のことは、そう簡単に嫌いになれるものではない。簡単に即嫌いになれるのならば、ずるずると引きずって悩んだり泣いたりなんかしないのだ。好きだった分だけ、愛した分だけ苦悩する。何だかそれって、幸せなことなのではないだろうか。勝手な私の思いにすぎないのかもしれないけれど。

 この『ニシノユキヒコの恋と冒険』の中で印象深い言葉がある。“刹那(せつな)”である。確か2度出てくる。サイドバーで紹介している山下景子・著『美人の日本語』(幻冬舎)の6月10日のページで詳しく解説されているのだが、何ともしっくりぴったりくる趣ある言葉なのだ。意味は、「本当に短い時間のこと」。でも、こういう短い時間のつながりが私たちの一生だ。時間というのは、使っても使わなくても消えてしまう。だから、刹那の時間も大切な財産なのだ。“西野幸彦”との刹那も。

4101292345ニシノユキヒコの恋と冒険 (新潮文庫)
川上 弘美
新潮社 2006-07

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コメント

こんばんは。トラックバックさせてもらいました。
これ最近読んで、なんだかとても好きなのです。滅多にかわいそうとか思わないけど、「かわいそうなユキヒコ」とか思ってしまいます。ダメダメすぎるユキヒコですが、くさむらでお姉さんといるシーンはすごく切ないですよね・・
ここの猫ちゃんのだらしなくてでも居住まいの正しい感じが、少しユキヒコ風?(笑)かわいい・・

投稿: ざれこ | 2005.08.08 02:40

ざれこさん、コメント&トラックバックありがとうございます。
ニシノユキヒコ、とっても愛おしくて私も好きです。くさむらでお姉さんといるシーン…じわじわ思い出しちゃいました。確かに切ないですよねぇ。独特の空気感ですし。
この記事の猫は、滅多に載せない子なんです。同じポーズで、いっつもだらりんとしているから。可愛いのだけれど…

投稿: ましろ(ざれこさんへ) | 2005.08.08 19:41

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