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2005.05.06

だりや荘

20050501_016 両親の遺したペンション「だりや荘」を舞台に姉、妹、妹の夫の交錯する情念が描かれる井上荒野著『だりや荘』(文藝春秋)。3人の語り手により、物語はぐるぐる回っているのに、ドロドロならずに冷静な独白が最後まで続く。乱れを感じさせない一定の独特の緊張感が心地よい長編小説である。決して熱くならない淡々とした文章は、人間の孤独というものを、人を愛するということを強く静かに語っているように思う。

 この小説の中で、妹は姉と夫の関係に気づきながらも知らぬふりをする。姉は姉で、妹が何となく気づいていることに知らぬふりをする。精一杯、自分の役割を演じている2人の姉妹。妖精のような、蜻蛉のような、繊細で清らかな姉を。姉を気遣い慕いながらも、雑草のように強い心を持つ妹を。浅ましさやふてぶてしさを隠しながら。何喰わぬ顔でテーブルを囲み、仲のよい姉妹を気取って。

 妹の夫は、妻が気づいていることを考えもしない。知っているわけがないと高をくくっている。絶対に知られないようにしてるのだと、自信を持って。そして、友人にこんなことまで言う。“猫を拾ったら最後まで面倒見るべきだろう?”と。猫が重要なんじゃない。重要なのは、拾ったことなのだと。実に嫌な男。実に卑しい男。読みながらそんなことを思ってしまった。

 けれど、そんな嫌な男を2人の姉妹は愛する。無責任に、無頓着に、無邪気に、やさしい(優しくもあり、易しくもある)言葉をかける男をときどき憎みながらも…。発作を抱えた椿に“大丈夫?”と訊くのではなく、“大丈夫だよ”と声をかける男を。妻にときめく若者を見て“かわいそうにな。でも、今のうちに人妻に片思いくらいしておいたほうがいいのかもしれない”だなんて思う男を。

 “この姉妹は足して二で割るべきだな”と、亡くなった母親の友人のご主人が言う場面がある。そのとき、姉はぞっとする。世界で自分は一人きりだと。そうして、同じ孤独を、同じ深さで、妹も感じているに違いないと突然気づくのだ。この気づきは、姉妹の密接さを肯定するような、否定するような、複雑な心境を読み手に伝えているように思われた。

 そう、それは“姉妹”というひとつの言葉で片付けて欲しくないのだと主張しているかのように。「私」というのは、一人しかいないことを。同じ人間など一人も存在しないことを。同じ男を愛しているなどということは一切関係ない程に、それは格別に大切なことなのだと教えてくれる。『だりや荘』という小説は、そんな小説だった。
 

4167737019だりや荘 (文春文庫 い 67-1)
井上 荒野
文藝春秋 2007-08

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