« 寡黙な死骸 みだらな弔い | トップページ | ふしぎな図書館 »

2005.04.21

銀の鍵

2005417_011 ある日、目覚めるようにはたと我に返ってようく考えてみたら、自分が何ものなのかわからなくなっていた…。お金をまったくもっていない。言葉も通じない。どこへ帰るのかもわからない。どんな過去があったのかも思い出せない。そもそもここで何をしていたのだっけ。それ以前に、ここはどこなのだろう。もしもこんな状況になってしまったら、私は一体どうすればいいのだろう。

 角田光代著『銀の鍵』は、記憶を失った男が主人公の映画『過去のない男』(アキ・カウリマスキ監督)を見て、創作した物語である。著者はそれを感想文と言っている。過去を失って記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっても、心の中に確かに残る善意や善なる行動はきっと誰かの思いと共鳴し合う。キレイごとだとか理想論ではなくて。

 『銀の鍵』の主人公の<わたし>は、“なんだかへんだ”という思いに気づく。わからないことだらけの中でもお腹は減り、匂いに誘われるままに店に入る。思いつくままに覚えている料理名を口にしてみても通じない。すると、店にあるいろんなものを見せてくれる。会計の際にお金を持っていないことに気づくと、持っていた煙草でお勘定となる。こののどかさは何なのだろうと思ってしまう。

 切符らしきものを見せただけで駅まで連れて行ってくれて座席まで案内してくれたり、何番目の駅で降りたらいいのか教えてくれたり、泊まる宿を探してくれて見ず知らずの異国人を自分の家に招待してくれたり…。どうしてここまで親切なのだろう。暖かいのだろう。優しく手をさしのべてくれるのだろう。かつては当たり前だったのか。それとも当たり前のことを忘れているだけなのだろうか。

 家族がつどう食卓。笑みが自然とあふれる。そして、ふと気づくと頬がぬれている<わたし>。どういうときに泣くのかを覚えていなくても、どうして泣いているのかわからなくても。懐かしんでいるのか、新鮮な美しさに惹かれているのか、その理由が明らかでなくても。誰もがこんな思いを持っているのだと思っていたい。そこでふと思い出す。忘れていた些細な出来事にも揺れる気持ち。その裏に潜む負のエネルギーを。

4582831494銀の鍵
角田 光代
平凡社 2003-03

by G-Tools

もしもお気に召しましたら人気blogランキングへ…

|

« 寡黙な死骸 みだらな弔い | トップページ | ふしぎな図書館 »

13 角田光代の本」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

角田さんの本、ほんとにたくさん読まれてますね。
私はまだ、あれから違う作家さんばかり読んでるので、彼女の本、全然読んでないです。
気になってるものも、ハードが多くてなかなか手がでずで…。

角田さんは、ほんといろんな小説書かれますよね。
恋愛ばかりでもないようなので、マンネリがなさそうで、いいですね。

投稿: 秋月由衣 | 2005.04.21 22:53

秋月さん、コメントありがとうございます!
全作品を読んでみたいのですが…ムツカシイです。
最近、興味を持っているのは図書館について。
図書館の本の入荷って、どういうシステムになっているのでしょう…?
選ばれた本のセレクトの仕方は一体?
角田さんの本に関する過去の記事が読みやすいように、
工夫をしなければ…

投稿: ましろ(秋月さんへ) | 2005.04.21 23:29

角田さんの記事、まとめられたんですね。
見やすくて素敵ですね。

今度、角田さんの本買う時はこちらの感想を参考にさせていただきますね。

投稿: 秋月由衣 | 2005.04.22 23:55

秋月さん、コメントありがとうございます。
ぜひぜひ参考に読んでみてくださいまし。

POQUE設置のために、20件表示をしているのですが、
正直、いまひとつなのです。
小川洋子さんの本の記事もたくさんたまったので、
見やすいようにまとめておきたいと思案中!

投稿: ましろ(秋月さんへ) | 2005.04.23 01:11

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/3798787

この記事へのトラックバック一覧です: 銀の鍵:

« 寡黙な死骸 みだらな弔い | トップページ | ふしぎな図書館 »