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2005.04.11

溺レる

20050412_011 「アイヨクに溺れませんか」
 だなんて、そんなことを訊かれたら即答する。
 「それはちょっと…」
 アイヨクにオボレるなんて、小説や映画の中だけのこと。
 そう思っている。
 悲しいかな、これが私の本音だ。

 川上弘美著『溺レる』は大人の男女の恋愛模様を描いている。厳密にいえば、男女が織りなす愛欲のかたちの連作集である。8つの短編は、ほぼ登場人物2人。密室のような閉鎖性、どことなく漂う後ろめたさ…そういうものを感じた。それは、ある意味性的な「食」や性的関係、身近に潜む「死」がどの短編にも描かれているせいかもしれない。

 表題作「溺レる」は、“アイヨクにオボレた末のミチユキ”を続ける恋人同士の男女のお話。行き着く場所のない駆け落ちの様子を、冷静な視点で淡々と描いている。駆け落ちというものは、激しくて感情的なものだと勝手にイメージしていたので驚いた。まるで他人事のように語られるのだもの。それに、登場人物の男女の会話が妙におかしさを含んでいるのだもの。まさに川上ワールドである。この本が“川上文学の真骨頂”と言われているのが頷ける。

 そして、私が一番好きだったのは一番初めの「さやさや」。知り合いの男性に誘われるままにシャコの食べられるお店へ行き、帰り道をいつまでもゆらゆら歩くお話である。2人は、電柱がまばらで人家も人気もない道を迷ったよう歩く。ほろ酔いだからか、もともとの歩き方なのか、腰を振って揺れながら。

 この「さやさや」に惹かれる理由は、描写の雰囲気のよさ。“ぱさ、と聞こえるような軽い音をたて…”とか、“夜道はしんとしていて、足音ばかりがさりさりと響いた”とかが私は大好きである。“さりさり”だなんて、なんとなくいい表現だと思いません?でも、現代文の問題で下線部の“さりさり”とは具体的にどんなことを言っているのか…などと訊かれたら、難し過ぎて答えられないけれど。

4167631024溺レる (文春文庫)
川上 弘美
文藝春秋 2002-09

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コメント

BSデジタルの番組で恋愛小説を毎回女優が感情移入しながら朗読する番組があってよく酔っぱらいながら見ていました。もう何ヶ月か前なんだけど川上弘美の『溺レる』が取り上げられたことがありました。途中から見始めたのですが何となく川上弘美っぽいなぁと思ったらやっぱりそうでした。この人の作品、朗読にむいているのかもしれません。何となくそういう雰囲気があるのです。ましろさんが最後の方であげてくれた理由もあると思います。アイヨクにオボレるなんて角田光代だったらなんか上手に書けそうだけど川上弘美だとこんな風になってしまうんだよねきっと。僕は友人に勧められて読んだ水村美苗の『本格小説』のような身を焦がすような恋の物語が好きです。

投稿: spring | 2005.04.12 20:03

springさん、コメントありがとうございます。
そんな素敵な番組があったのですか…デジタル放送の映らない環境がものすごく悔しいです。実はかなりいなかに住んでいるので、地方局2つとNHKしか見られないのです。都会の暮らしが懐かしい…
springさんは、身を焦がすような物語がお好きなのですね。大人の恋愛を描いたものは、どうしてもまだ何となく遠いイメージがあって、顔を赤くしながら照れつつ読む私です。この『溺レる』も、ちょっと背伸びして読んだのでした。お恥ずかしい限りです。
以前、オススメして頂いた“猫にまつわる本”を少しずつ集めております。先日、保坂和志さんの『明け方の猫』をぱらぱらと読み始めました。作家さんには猫好きな方が結構多いと思っていましたが、何冊も猫について書いている方はそんなにいないようなので興味深く読んでいます。

投稿: ましろ(springさんへ) | 2005.04.12 22:33

川上弘美の「溺レる」を読んだ!
トラックバックさせていただきます。
よろしくお願いします。

投稿: tonton3 | 2006.02.09 00:31

はじめまして。TBありがとうございます!
後ほどお邪魔させていただきますね。

投稿: ましろ(tonton3さんへ) | 2006.02.10 00:08

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» 川上弘美の「溺レる」を読んだ! [とんとん・にっき]
「古道具 中野商店」の記事を書いて、川上弘美の本をブログで書いたものを末尾にリンクしたら、思いの外たくさんありました。そうだ、「溺レる」があったと思ったけど、どこかに入り込んじゃって見つかりません。ついこの間、どこかで見た気がするんですが。この本、買ったと... [続きを読む]

受信: 2006.02.09 00:29

» 「溺レる」川上弘美 [AOCHAN-Blog]
タイトル:溺レる 著者  :川上弘美 出版社 :文春文庫 読書期間:2006/06/30 - 2006/07/02 お勧め度:★★★ [ Amazon | bk1 | 楽天ブックス ] もう帰れないよ、きっと。 重ねあった盃。並んで歩いた道。そして、二人で身を投げた海……。時間さえ超える恋を描く傑作掌篇集。女流文学賞、伊藤整賞W受賞おそらくそこそこいい歳の男女が織り成す、愛に溺れた8つのお話。 登場人物はほぼ二人。お互いの名をさん付けで呼んでいるところ... [続きを読む]

受信: 2006.07.10 20:53

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