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2005.04.09

至高聖所(アバトーン)

20050407_005toki 無機質な新構想大学を舞台に、人の抱える闇や孤独感を描いた松村栄子著『至高聖所(アバトーン)』。第106回芥川賞受賞作である。通信教育の月刊誌にこの本のことが紹介されていて、何となく惹かれて読んだのが出会いだった。青春まっ盛りだったはずで、この小説に出てくるような大学にほんの少し憧れていたのを思い出す。

 この小説の舞台となっているのは、過疎化の進む農村にでーんと建てられた近代的な大きな大学である。大学ができたことによって、学生に必要なものが次々と建てられてゆくうちに新しい町ができていった。ゴルフ場やレジャー施設などによって開拓されるのは反対が起こるかもしれないが、国の未来を担う教育機関がつくられることには文句は出ない。農家の人々は大学ができることで若者が溢れて活気づくような町へと変わるのでは…と、密かな企みを抱いているのだった。若さゆえなのか、明るい気持ちでさらっと悲しみや孤独感までもくっと抱えている。そう聞くと、きっと強い人なのだろうと解釈しがちであるが、本当の姿を誰にも見せていないように思ってしまう。これはやはり若さなのか、持つエネルギーの強さなのか…若いって、孤独なのだろうか…誰しもどこかで孤独感を抱えているものであるけれども。

 ここの大学に入学することになる沙月は、理系の学部のため3人ほどしか女子学生のいないところでの学生生活を強いられる。入試の日に出会い、再会を果たし、その後も何となく一緒にいる2人の友人との関係は、どこかつかず離れずの関係で深く踏み込まないような印象を受けてしまったのであるが…。そして、ルームメイトの真穂の個性的過ぎる佇まいが沙月の関心事のようになっている。真穂は、入学式に病弱な母親を亡くし、週末は毎回実家に帰って、義父のもとへいく。明るい気持ちでさらっと悲しみや孤独感を抱えているものだから、強い人なのだろうと解釈しがちであるが、本当の姿を誰にも見せていないように思ってしまう。これはやはり若さなのか、持つエネルギーの強さなのか…

 そして、何よりも私が注目したのは不眠に対する描写である。主人公である沙月が眠れなくなってしまうところ。焦り、混乱、戸惑い…次から次からわいて出てくるから困ったさんだ。とりあえずベッドに入ってみるという前向きな姿勢を持つものの、寝返りを打つと、もうベッドの中には居場所がなくなってしまう沙月。時計の針を見つめながら、明るくなるまでここにいる。“焦って捜せば捜すほど、混乱する頭とは裏腹に目だけはいよいよ冴えてゆく。静かな時間では決してなくて何ものにも受け入れてもらえない索漠として不毛な時間だ。(文中より)”以上の文章を読んでみると、眠れないという時間が悪意に満ちて描かれていることに気づく。

 こういう無機質さを描いた小説は、かなり好きである。

4828857052至高聖所(アバトーン)
松村 栄子
福武書店 1995-01

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