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2005.03.11

泳ぐのに、安全でも適切でもありません

101-0131_IMG 江國香織の本は文庫化が早いイメージが私の中にはある。今回読んだ『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』もそんな1冊である。短編というには、あまりにも短い10の短編たちは、それぞれの物語の中で懸命に生きているように思えた。ときには、「死」を前に感じつつも笑ったり、のんびりと家族で食事をしたりするのもよい。恋人との生活にどっぷりはまるのもよい。ときには号泣してしまったってよい。貪欲に何かを得ては失うのもよい。ある夏を回想するのもよい。自分の赤ん坊になじめなくてもよい。自分で作った犬小屋で寝るのもよい。はじめての恋とはじめての人生と失われた真実のために泣くのもよい。10の短編の中で、「うんとお腹をすかせてきてね」と「サマーブランケット」が特に気に入った。

 「うんとお腹をすかせてきてね」では、“女は、いい男にダイエットをだいなしにされるためにダイエットをするのだ”という一文から始まる。そう、彼にふさわしい女性になろう、もっと自分に自信を持とうなどと言いつつも、デート時に食べ物をおいしく食べられなければ台無しになってしまう。だから、食べる。次の日に体重計に乗って、残酷な現実に再びダイエットを始めるのだ。次の彼とのデートのために…。この短編では、食事というものが登場人物たちを密接にしている。住む場所や寝る場所は違っても、必ず毎晩一緒に食事を取る。視線を絡ませながら。食べ物がおいしいのではなく、彼の手から食べる野蛮な行為に泣きそうになりながら。夕方に会って、時間をかけて食事をし、愛をかわして別れる。あるいは時間をかけて愛をかわし、食事をして別れる。食事だけで満足だったり、愛だけで満足だったりすることもある。人生が川だとするならば、同じ海に向かっていながら、くっつきそうにそばを流れる別の川でしかない。けれど、彼によって食べることの幸福さに気づかされる。

 「サマーブランケット」では、海のそばで単調だけれど満足のいく暮らしをしている女性が主人公。両親の死によって、遺産を相続して海のそばへと引っ越してきたのだった。独身で、ゴールデン・レトリーバーと2人きりでの暮らしである。彼女の生活にやってきた女の子まゆきとそのボーイフレンドの大森君。彼がふと床にどさりと置いてあった紺色のサマーブランケットを見つける。太い木綿糸で編まれた、ずっしりと重いキングサイズのもので、使い道がなく困っていたのだった。けれど、大森君の提案で凪いだ海辺でブランケットに一緒にくるまったり、2つ折りにして2人でくるまれるようにしてみる。体温、砂の匂い、まぶしさ…そういう感覚をどこかに忘れてきた気がする主人公。彼は言う「うらやましいですよ。まだ若いのに、悠々自適で、自由で」と。海辺の家は、主人公そのものみたいに、窓も戸も開けっ放しで、砂だらけで、ただじっと建っている。壊れるときまで。何年も。

 彼女たちの生き方はとても潔い。そして、じーんとくるほど切ない。男性から見たら、ただの強がりみたいに思えてしまうかもしれないけれど、女性である私は心にずしんとくる何かを感じる。その感情が何なのかはわからない。でも響いたのである。泳ぐのが苦手な私は、もがきあがきながら安全でも適切でもない場所で生きるのだろう。

4087477851泳ぐのに、安全でも適切でもありません (集英社文庫)
江國 香織
集英社 2005-02

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コメント

あたしもこの本大好きで、以前に書いたものがあったのでTBさせて頂きましたー。
ましろさんとはほんとに本の好みが似ているなぁ、と、なんだかひとり勝手に喜んでます。ふふふ。
何とか泳いでいこうとする女の強さ、しぶとさ、潔さ。そういうことが「これみよがし」に書いてあるわけじゃないのに、読み手はずんと感じてしまうこの小説。こういうふうに書けるのって、やっぱり特異な才能だなぁって思ったり。うう、羨ましい……(笑)

投稿: ミメイ | 2005.03.12 15:32

ミメイさん、コメント&トラックバックありがとうございます!
ミメイさんの記事、読ませていただきました。表題作については私はほとんど触れていなかったので、興味深く楽しく…とってもおもしろかったですよぉー!この本は、女性ならではの感覚がじんじんきますよね。きっと、それは男性にはないもので。それなのに、文章はさらりとしていて。読みやすい。こんな文章が書けたらどんなにいいかと、私も思ってしまいます。

投稿: ましろ(ミメイさんへ) | 2005.03.12 19:29

以前、うまい文章ということが話題になったとき僕は『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』の中のサマーブランケットという作品の書き出しが好きだなあと友達に話したことがありました。何となく書けそうで誰にも書けない文章なんじゃないかと思うんです。流麗っていうか何ていうか。この人が書いた作品の中では『流しのしたの骨』が一番気に入っています。何となくありそうにもない変な家族の話だけど、でも普通の家族っていったい何のことなんだろうとか考えてしまったりして。この間『間宮兄弟』を読んでショックでした。あのエンディングのリアリズム、でも何がいいたくてこの小説を書いたんだと思いますか?

投稿: spring | 2005.03.23 21:30

Springさん、コメントありがとうございます。
『流しのしたの骨』は私も大好きな作品です。静けさと家族という奇妙な集団の存在…そのイメージが今でもじーんと残っています。「私、もし誰かを殺してしまったら骨は流しのしたにかくすと思う」っていうのが、坂口安吾の『桜の森の満開の下』を連想させられて、不気味な静けさをさらに印象付けていたような。この小説を読むまで、家族の在り方を考えたことはあまりなかったような気がしました。普通の家族って、自分の家族だとばっかり思っていたのですが、わからないものですね…
『間宮兄弟』は、あまりピンとこなくて読んでいないのです。きれいな物語じゃないなぁという先入観がありまして。答えられずに、すみません。

投稿: ましろ(springさんへ) | 2005.03.24 22:48

ずいぶん前の記事にコメントしてごめんなさい。この作品集のなかでは私も「サマーブランケット」が一番好きでした。それで思わずコメントを……
海辺で読んだせいもあるのかもしれませんが、細部がとてもリアルでよい小説だなと思った記憶があります。この作家はうまいですよね。

投稿: bananafish | 2006.03.10 17:41

bananafishさん、コメントありがとうございます。
拙い記事を読んでくださって、とっても嬉しいです!
海辺で「サマーブランケット」を読まれたんですね。いいですね。素敵な時間だったんだろうなぁ…思わず想像してしまいます。部屋にこもって読むのではなくて、作品にしっくりくる場所で読んだら、また違う思いが芽生えそうですね。

投稿: ましろ(bnanafishさんへ) | 2006.03.10 21:29

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