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2005.03.08

ベッドタイムアイズ

IMG_0020toki 最近、好きな作家のデビュー作に興味を持っている。文藝賞を受賞し、芥川賞の候補にもなって、きらびやかにデビューした山田詠美著『ベッドタイムアイズ』(新潮文庫)。これは、視線が合った瞬間に始まった愛の物語である。実際にはそんな映画のような恋愛なんて、ありえないのかもしれないけれど、恋愛に遠ざかっている(昨日の記事では恋愛してますとも、と言っていたけれど弱気…)私にとっては、遠い世界の異国のお話に思えなくもない。主人公はキムと呼ばれるクラブ歌手の女性(日本人なのかどうかはわからない)だし、相手の男性もスプーンと名乗る黒人兵である。

 何よりも冒頭の文章が印象的である。“スプーンは私をかわいがるのがとてもうまい。ただし、それは私の体を、であって、心では決して、ない。”この一文で、小説の中での出来事が色々と想像できる。体と心のズレ、本物の愛のない関係、会話よりも性交によってコミュニケートしていること、などなど。放送禁止用語の多さから、「こういうのはちょっと…」と思いがちであるが、人間と人間との関係を極限までの厳しい視点で描かれているのである。うわべだけの言葉よりも、身体での交わりまで降りなければ関係が成り立たなかったのだろうと思う。

 人は口先だけではどんなことでも言える。言い放ってしまった言葉は一人歩きして、ときには人を傷つけ、ときには人を幸せへと結びつけてくれるのだ。思ったことをすぐに口に出すのではなく、頭の中で少々考えてから言葉を発するように気をつけている。そして、無責任な発言は控えるべきだと考えている。この『ベッドタイムアイズ』においては、口先だけの道徳精神をとことん無視して、身体全体で生きられるモラルを描いているように思わせる雰囲気がただよっている。それが、冒頭の一文に凝縮して表現されているのである。

 この小説での「匂い」は、印象深い。スプーンの体臭は、ココアバターのような甘く腐った香り。けれども、決して不快ではなく、懐かしささえ感じる。それは、汚い物に自分が犯されることによって私自身が澄んだ物だと気づかせるような、そんな匂いでもある。そして、黒人兵のスプーンに対しての感情がなかなかよい。“最も不幸で一番美しい色”という表現がとても気に入ったのだ。でも、私が黒人好きかと問われれば100%「NO!」と答えるだろうけれど…偏見ではなく、ある過去の出来事がきっかけで外国人はみな怖いのである。

 恋愛関係が深くなるにつれて、不安を主人公は感じ始める。スプーンにのめり込んでいく自分。スプーンというジグソーパズルの1片になるのがこわかった。スプーンの中毒患者という表現まで出てくるほどである。結局、様々な理由からスプーンとの日々を失うことになる主人公。目の前にあることしか信じられない。人をどこまで信じてよいのかわからない…そんな主人公の心が痛い。体と心のズレ。それをまざまざと思い知る小説である。

4101036179ベッドタイムアイズ・指の戯れ・ジェシーの背骨 (新潮文庫)
山田 詠美
新潮社 1996-10

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コメント

この頃の山田詠美さん、私好きなんです!
デビュー当時はショッキングな作家みたいに言われてたけど、でもそう言われてた部分てほんの一部ですよね。
人間描写の方がずーっと迫ってくるものがあってすごかったと思います。

山田詠美さんの本で一番好きなのは『蝶々の纏足』です。
でも最近のはほとんど読んでません…。

投稿: ゆら | 2005.03.09 13:41

ゆらさん、コメントありがとうございます!
私も初期の頃の山田詠美さんの作品が好きです。彼女の小説に出てくる女の子にすごく憧れていました。『蝶々の纏足』は、大好きです!中学時代の自分に似ているところも少しあって…最近の作品はほとんど読んでいませんが、機会があれば読んでみたいと思っています。

投稿: ましろ(ゆらさんへ) | 2005.03.09 21:38

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