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2005.03.06

愛の生活

 好きな作家のルーツを知ること、好きな作家の最も大好きな本を知ることが私はかなり好きだ。このブログで一番多くの作品を取り上げている大好きな作家・小川洋子著『妖精が舞い下りる夜』の中で、金井美恵子著『愛の生活』についての熱いけれど冷静な想いを知ってから、ずっと読んでみたいという気持ちを抱えていた。でも、まずは小川洋子作品を全て読んでから読もうと自分の心に決めていた。そして、やっとその日が来た。

 『愛の生活』は、淡々としていて静かな感情の揺れ方をしている小説だった。描写はかなりのグロテスクさなのに、不思議と読み手を引き込ませる何かがあった。生活感があるのに、それは透明な日常として読むことが出来る(それは小説だから当然かもしれないけれど…)。登場人物たちは、とても自由な生活をしている気がする。なぜ自由さを感じるのかは、わからないのだけれど…不思議な感覚なのだ。「わたし」が朝目覚めて吐き気を感じる。一緒に暮らす(夫婦なのかは明確に書かれていない)Fに電話をする。1週間分の食べたものを思い出す。古い産婦人科病院に並べられたホルマリン漬けの標本に対する嫌悪感を抱く。たまたま向かいに座った見知らぬスパゲティーを食べる男性に「回虫って御存知?」とか言う。などなど、少々毒を感じつつもするりと読めてしまう。

 そして、肝心なテーマである“愛”。これについても「わたし」は様々な想いを巡らす。例えばFとの生活について。Fがわたしにとって何なのかとか、わたしはFをどのように愛しているのかとか…でもこれらについての答えははっきりとは見つからない。他人が言うようにFはわたしの夫であるとか、わたしはFを愛しているのだと考えるしかないのだと思ったり、懸命に答えを探そうとしていたり…それが本当なのか嘘なのかは、わからないままである。全てが仮定できるし、全ての仮定は曖昧なのだから。「わたし」は、そのことをよく理解している。けれど、迷いや疑いや不安を抱えながら日々を過ごしていることが読みとれる。妙に思うほど人間っぽい。

 小川洋子さんは、この『愛の生活』について、繰り返して何度も読める特別な小説であると表現している。そういう小説は、絶対に飽きるということがないし、一行一字も無駄がないと。そして、小説から出てくる言葉が、作者の強力なエネルギーによって、物体から離陸しているからだと。それは、言葉が自由に奥深い世界を作り出しているからだろう。言葉というものにこんなにも隠れた威力があったのだと気づかされて、自分もそういう言葉の威力を探り出したくなるのだという。

 その言葉のとおり、どことなく小川洋子の小説は、金井美恵子の小説に雰囲気が似ている気がした。特に描写についてはかなり影響を受けているように思える。それは、特に食に対する描写である。特に『愛の生活』には、食事の場面が多く出てくる。小川洋子曰く「何かを食べている人間の姿は、エロティックだったり、切なげだったり憂いを含んでいたりするように見える。日頃は他人に知られたくないと隠し持っている弱みを、ふと無防備に見せてしまっているように思える」と言っている。食べる姿がエロティック?とまでは思わないけれど、少々恥ずかしい気持ちになるのは、私でも理解できる。大好きな人の前でハンバーガーとラーメンとナイフ&フォークを使う料理だけは食べたくないと思っているから。大口を開けること、鼻水が出ること、マナーがなっていないことなど…それらは妙に緊張してしまう恥ずかしいことだから。

4061975781愛の生活 森のメリュジーヌ (講談社文芸文庫)
金井 美恵子
講談社 1997-08

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コメント

食事に限らずすべての生理作用はエロティックだと感じます。人間の美的な感覚とは突き詰めていけば、生理作用なんじゃないか、とも。コンテンポラリーアートの世界でマシューバーニーという人がいるんですが、この人のインスタレーションなんかは、人間の生理作用のもつ美的な要素を強調しているように感じられます。もともとエール大学で医学を専攻してたらしいのですが、現代を代表する美術家のひとりで、ビョークのパートナーでもあります。エロいところから見えてくる世界もあるんじゃないかと思うのですが、あんまり強調すると変質者として扱われかねないんで、このへんでやめておきます(笑)

投稿: るる | 2005.03.07 07:56

るるさん、コメントありがとうございます!
全ての生理作用がエロティック…ですかぁ(ドキドキしてしまうのは、きっと乙女だからでしょうか)。美術も学問もその他のことも、突き詰めていけばみなエロスなのかもしれませんね。大好きな人のしぐさなんて、何をしようがもうたまらないものがありますし…。これはあまりに陳腐な例ですが。個人的には現代アートの世界は、あまりにも進化し過ぎていて私には頭の痛いお話です。たぶん、私はかなりアナログな人間なのだと思います。柔軟な頭が欲しい…髪を洗うたびに頭がやわらかーくなるといいのですが。

投稿: ましろ(るるさんへ) | 2005.03.07 21:28

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