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2005.03.29

第七官界彷徨

 1991年に出版された『ちくま日本文学全集 尾崎翠』をいつ手にしたのか、思い出せない。この文庫サイズの手に馴染みやすい全集は、全50巻出版されたが、私はこの1冊しか持っていない。淡い緑色で描かれたふきのとうの絵が、優しく春を告げているような気がして、何度も何度も手にしてしまう。他の作家の全集の表紙はどんな感じなのだろう…と少々気になるが、今では手に入りにくいため知ることができない。この本を買ったきっかけは、感受性豊かな少女の視点によって描かれていると言われている尾崎翠の代表作である『第七官界彷徨』を読みたい、何としてでも読まなくてはいけないと思ったからである。昭和6年のこの作品は、評判以上におもしろかった。

 “大人でも子供でもなく、男でも女でもない少女として、まっさらな眼で世界と自分を見つめる。そんな尾崎翠の小説世界は、あなたを不思議な異世界へつれていってくれます。”と1999年11月号の雑誌『鳩よ!』に紹介された。今はないこの雑誌がもの凄く好きだった私は、尾崎翠の特集をしたこの号が大事で引っ越しのたびに保存状態を気にしていた。特集のタイトルは「モダン少女の宇宙と幻想」。キーワードにまつわる小説の世界と未発表作品について詳しく書かれている。そして、尾崎翠を愛する方々からの様々な作品にまつわるエピソード&書評が掲載されている。

 『第七官界彷徨』は、秋から冬にかけての短い期間を変な家庭の一員として過ごした少女が主人公。兄である小野一助と二助の妹にあたり、佐田三五郎の従妹にあたる町子。ひどく赤いちぢれ毛の痩せた少女は、彼らとの暮らしの中では、炊事係を努めなくてはいけなかった。そして、人知れず勉強の目的を抱いていた。それは自分が人間の第七官にひびくような詩を書くことであった。部厚なノートが一冊たまったら、一番第七官の発達した先生のところに郵便で送ることが目標となった。しかし、第七官というのがどんな形のものかすこしも知らないことに気づく。まずは第七官の定義から取りかからなくてはいけなかった。

 小野一助は分裂心理病院に勤めており、小野二助は卒業論文を書くべくしてこやしを煮る日々。佐田三五郎 は音楽予備校に通っている。三五郎の弾く古いピアノは半音ばかりでできたやうな影のうすい歌をうたい、丁度粘土のスタンドのあかりで詩を書いている。そのとき、二助の部屋からながれてくる淡いこやしの臭いは、ピアノの哀しさをひとしお哀しくした。そして、音楽と臭気は少女に思わせる。第七官といふのは、二つ以上の感覚がかさなってよびおこすこの哀感ではないかと。

 一助の研究している分裂心理というものは、「互いに抗争する2つの心理が、同時に同一人の意識内に存在する状態を分裂心理といい、この二心理は常に抗争し、相敵視するものなり」…何ともムツカシイ。これに適当に例を挙げて色々と空想をしてみて、勝手な考えを楽しませてくれる。こんな空想がちな研究は、人間の心理に対する少女の眼界を広くしてくれた。そして、再び思う。こんな広々とした霧のかかった心理界が第七官の世界というものではないであろうかと。

 五感でも第六感でもない“第七官”。最後まで読んでもこれが一体何なのかわからないまま物語は終わってしまう。“第七官”を求める自由さ、感性に、選び抜かれた言葉遣いに、参りましたと声に出して言いたくなる乙女の書である。

4480102205尾崎翠 (ちくま日本文学全集)
尾崎 翠
筑摩書房 1991-11

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4480037918尾崎翠集成〈上〉 (ちくま文庫)
中野 翠
筑摩書房 2002-10

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4480037926尾崎翠集成〈下〉 (ちくま文庫)
中野 翠
筑摩書房 2002-12

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コメント

こんばんは!ましろさん。
この小説自体は読んだことがないのですが、
『鳩よ!』に反応してしまいました☆

この雑誌良かったですよね~。
毎号全部は買ってなかったけど、かなり好きでした。
でも商売っ気がない雑誌だなー、と思ってたら廃刊になっちゃった…。(涙)
なんとなくストイックな感じのするとこが好きだったんですけどねぇ。

投稿: ゆら | 2005.03.30 00:36

ゆらさん、コメントありがとうです。
『鳩よ!』に反応したのですかぁー!
かなり好きだったのですね…廃刊に涙でした。

1999年11月号からリニューアルして、
オシャレになったのですが…
それ以前はオヤジ向けな印象が強かったです。
今年話題になった映画「東京タワー」の連載、
此処でやっていたのですね…

投稿: ましろ(ゆらさんへ) | 2005.03.31 00:32

ましろさんこんにちは。TBありがとうございました。

「第七官界彷徨」は、冷静に考えてみると登場人物たちが皆、もれなく変な人たちなんですよね。
特に、蘚だらけの部屋でこやしを煮ながらコミックオペラを唄う二助なんて、かなりあぶない気がします。(もし近くにいたら怖い…笑)
でも本を読むときにはそれが全然気にならず、すっと物語に入り込んでしまうように書かれているところがまたすごいです。
「“第七官”を求める自由さ、感性」というのは、本当に乙女ならではのものなんでしょうね。
乙女ではないですが、僕もこの本は大切にしたいと思います。

TBこちらからも送らせてもらいます!

投稿: トージ | 2005.06.01 14:15

トージさん、コメント&トラックバックありがとうございます!
確かに登場人物は、もれなく変です(笑)でも、そこが妙によかったり妙に人間っぽかったりします。
きっと、ものすごく強烈な匂いがたちこめているであろう部屋も、神秘的にすら思ってしまう…不思議な何ともいえない世界が好きです。
私もこの本、大事にします。一生。

投稿: ましろ(トージさんへ) | 2005.06.01 16:25

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