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2005.03.27

ぼくは12歳

 1975年、12歳9ヶ月という若さで近所の団地から大空に身を投げた少年。彼は美しいたくさんの詩を残し、小学生からお年寄りまでに深い感動をよび話題となった。その詩集と両親と読者との往復書簡を併収し、決定版とした岡真史著『<新編>ぼくは12歳』を約10年ぶりに手に取り、再読してみようという気分になった。この本は中学時代の何かの授業(ミッション系だったから、聖書の授業かもしれない)の課題図書で、感想文を書いた覚えがあるのだが、当時は挫折体験乱れ咲き状態で精神的に落ち込みが激しく、登校拒否児だったせいかドロドロした想いしか浮かばなくて、結局提出しなかったような…

 1962年に東京に生まれた岡真史(おか・まさふみ)君は、愛読書だった『星の王子さま』のように、あっという間に両親の前から姿を消し去ってしまった。両親からは、小さい頃から聞きわけがよく、優しい、手のかからない子。茶目で陽気で、社交的な性格。読書と音楽が特別好きな少年だったと思われていた。だが、彼の死後になって様々な出来事を振り返ると、気になるそぶりが多々あったと両親は語っている。それは、保育園時代にまでさかのぼり、他の子どもたちとはどこか違う姿ばかりが思い出されるのだった。

 ‘たくさん人がいると自分がきちがいになる’

 そんな言葉を彼は自分の詩に書いていた。“朗らかでおりこうさんだけど、何か空想癖のようなものがあって、時々ぼんやりしている”という保母さんの話。“友だち大勢とどんなに楽しく遊んでいるときでも、ある程度の時間が経つとひとり本を抱えてすっと奥へ入ってしまう”という同級生の母親からの話など…。彼の心の中で何かがプツンと切れて、それをつなぎ止めるための無意識の努力が、空想の世界に導いたのだろうか。一人っ子で、誰にも邪魔されない環境が、その空想癖を更に増幅させていったのかもしれないと語る。また、学校でのトラブルについて、根本的に間違ってとらえていたとも言う。彼のさびしさを感じることができなかったとも…そして、彼の死の原因は、死んだ当時だけのことではなく、多分12年間の積み重ねそのものの中にあったのだろうと。けれど、彼の死を肯定することはできない苦しさに胸をつまらせるのだった。

 ‘ひとり ただくずされるのを まつだけ’

 ‘じぶんじしんの のうより 他人ののうの方が わかりやすい 
  
みんなしんじられない それは じぶんが しんじられないから’

 ‘人間ってみんな百面相だ’

 これらの詩は12歳の人間から出てきたものと考えると、とても痛くせつないものである。どうしてそう感じ思うのか…それは人間の核心に触れる言葉たちだからであろう。幼さを匂わせながらも、人間の孤独さ、悲しみをズバリ言い当てている彼の詩。彼の死から随分経った今でも、いろんな意味で変わらない子どもの生きる社会の残酷さ、いじめ、非行、自殺、薬物などの問題は、歳月が経つほどに増えているようにさえ思わせる。心をどこかに置き忘れてきてしまったような現在の豊かさを感じさせるニュース…未来に、将来に、希望や夢を持って生きることの難しさを感じずにはいられない。果たして、今の時代に生きていることがシアワセなのか疑問を感じてしまう。

4480020292新編 ぼくは12歳
岡 真史
筑摩書房 1985-12

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