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2005.03.26

流しのしたの骨

 「家族」をテーマに書かれた小説である江國香織著『流しのしたの骨』を久しぶりに再読した。著者曰く“よそのうちは外国よりも遠い”から「家族」というのは小説の題材として、複雑怪奇な森のように魅力的であるという。自分の家とは違う空気が流れ、階段の床のきしみも、薬箱の中身も、通用する冗談も、タブーも、思い出も違う。父、母、そよ、しま子、こと子、律の家族はどこにでもいそうなのに、どこにもいない。特別な人たちである。存在感のない父親、呑気なマイペースな母親、お嫁にいった妙に礼儀正しい姉・そよちゃん、優しいけれど妙ちきりんな姉・しま子ちゃん、いつまでも小さいイメージのままなのに大人びている弟・律。そんな家族に囲まれている、学生でもない&社会人でもない何者でもない19歳の主人公・こと子。

 こと子が小学生の頃から抱えるどうしようもない気持ち。雨が降ると漠然とした奇妙な感じは、心臓がすぱんと抜け落ちてしまったような、下半身が空っぽになったようで心許なくて途方もない虚無的な感じ。大きな不安…すーんとするという雨の日の独特の感覚について告白すると、母は「それは淋しいのよ」ときっぱり言う。その“すーん”は、いつのまにかほとんどやってこなくなったが、それに伴うあのどうしようもない気持ちや心許なさははっきり覚えていて、雨が降るとしんみりした気持ちになる。そうしてそれを、こと子はとりあえず、淋しいと呼ぶことにしているのだった。

 「べつに」と、そっけない返事をしてもそっけなく響かない弟の誠実な声。物事を極端な場所にはおかない律。たいていのことは「それほどでもない」ことであると言う。そして、主人公はその言葉にいつも安心を覚える。出来事が実際に起きているときには、よくわからないままに通り過ぎてしまう。だから私たちは要所要所で立ち止まり、ゆっくり考えてみなくてはいけない。冷静に、客観的に。そう父親は言い聞かせていたことを思い出す。真夜中にお嫁に行った姉の元に電話することをひらめいて、暗い廊下、暗いリビングでくつくつと笑い合う姉と弟と主人公。単純作業の家事をしている間、母親に本を読むお手伝いをする主人公。例えば、「ぎんなんと本、どっちがいい?」みたいに聞かれる。そうでなきゃ時間がもったいない、と母親。そして、くつくつとやっぱり笑うのだった。

 他にも、バスに3人以上で乗るときは全く知らない同士みたいに振る舞うゲームを家族で楽しむ。防寒具を正しく身につけて、あたたかく気持ちよく心平らかにおもてにでる必要があると教えられてきた主人公たち。それを怠って寒そうな顔をして、まわりの人間を心配させるのは実に恥ずべきことなのだと。また、よそのうちの夕食の匂いは、雨の日のように主人公を淋しく心細くさせる。だから、てくてくのかわりにじょんじょんと(母親の言い回し)、歩いて帰るのだった。

 ある意味どこにも属さない主人公も、人生について考える。生まれてから死ぬまでの時間について、そのあいだに起こる出来事と起こらない出来事について、行く場所と行かない場所について、そして、いま現在の場所について。たいてい昼間に。それもよく晴れた昼間に。私の人生。父のでも母のでも姉たちのでもない、誰のものでもない、私だけの生活について。

 “私、もし誰かを殺してしまったら骨は流しのしたにかくすと思う”という印象深いフレーズの帯(マガジンハウスから出ている単行本の方のみ)は、坂口安吾の『桜の森の満開の下』を思わせてドキドキする。どこか奇妙な家族の物語は独自の閉鎖的な妖しさも持ち合わせており、何とも心地よい。そんな気がした。

4101339155流しのしたの骨 (新潮文庫)
江國 香織
新潮社 1999-09

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07 江國香織の本」カテゴリの記事

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コメント

何年前のことかなぁ、
これ、私が読んだ初めての江國作品なのです。
もしこれじゃなかったら、きっと江國さんのことを今ほど好きになっていなかったと思う。

すごくいいよね。

投稿: ヒロト | 2005.03.26 21:51

ヒロトさん、コメントありがとうございます。
もう10年前の作品なのですよ…懐かしいですよね。
私は「鳩よ!」(今はもうないけれど…)という雑誌に連載中から読んでいました。単行本になったときは、表紙のブルーを基調とした装丁に惹かれて即買いデシタ。今、読んでも何ともよいお話です。

投稿: ましろ(ヒロトさんへ) | 2005.03.26 22:58

こんばんは。
江國さんの作品は正直なところなんとなく好き…くらいのものが多いのですが、この『流しのしたの骨』はとにかく好きで、その為以降の作品も「またすごく好きになれるかも…」と期待して読んでいる感じです。でもやっぱりこれ以上のものはないな。(笑)

投稿: ゆら | 2005.03.27 01:04

ゆらさん、コメントありがとうございます。
『流しのしたの骨』は、何ともいいですよね。私は江國さんのは、初期作品が好みです。最近の作品は少々苦手でで。江國さんは繊細な文章が印象的な気がしているのですが、好みは人それぞれですから…私は個人的にかなり思い出のある『神様のボート』が好きなのですが。

投稿: ましろ(ゆらさんへ) | 2005.03.27 02:33

江國さんの作品は結構なんでも好きになって
しまうけど流しのしたの骨はとっても好きです。
このときのやわらかい感じの文章をしらなければ
いまの作品を受け入れたりしてないかなぁ、って
思います

投稿: | 2005.03.30 00:45

丑さん、コメントありがとうございます。
江國さんの小説は、初期の頃の方が瑞々しくて、
柔らかな雰囲気がとても印象的だった気がします。
最近の作品は、どれも印象が違っていて、
作者の表現の幅の広さをひしひしと感じます。

投稿: ましろ(丑さんへ) | 2005.03.31 00:39

TBありがとうございます。ましろさんのブログはとっても洗練されていて素敵ですね、また拝読させていただきにきますね(^^♪

投稿: miro | 2005.04.28 00:22

miroさん、コメントありがとうございます。
“洗練されていて素敵”だなんてありがたいお言葉をいただけてシアワセ者です。とっても嬉しいく思います。
miroさんの春らしい菜の花の咲くブログ、素敵です。私もまたお邪魔させていただきますね♪

投稿: ましろ(miroさんへ) | 2005.04.28 19:09

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