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2005.03.22

月魚

 すっかりはまってしまった三浦しをん作品3冊目となる『月魚』を読んだ。雨のしとしと降る日に読んだせいか、読み終えたら妙に切ない気持ちになっていた。登場人物たちの抱える闇の深さ、対照的な2人の青年の幼少期にいろんな意味でショックを与えた出来事、それに対する罪意識など…さらりと書かれているから読み流してしまいそうになるのだが、実は結構重たい内容である。でも、そこは書き手の腕が違うから、すんなり心に入り込んでくる。違和感なく、静かにひっそりと囁くように。

 舞台となるのは、古書店。そして、古本業界である。古書店「無窮堂」の若き当主・真志喜とその友人で同じ業界に身を置いている・瀬名垣。瀬名垣は、卸売り専門の事務所を持っていて「古書瀬名垣」を名乗ってはいるが、古本はいっさい置いていない。目をつけていた人が亡くなると、そこへ赴いて大量に買い取りをして、そのまま市場へ流すのだった。客との会話の妙や、仕入れた本を並べたり整理したりして売る工夫をする喜びを知っている真志喜には、そんな瀬名垣の仕事ぶりはあまり好ましくなかった。だが、彼が店を持たないことの原因には、少なからず自分も関係していることを真志喜は知っていた。

 古書店にあるときの本は静かに眠っている。これらの本を書いた人たちは、既にほとんど全員死者の列に連なり、この世にはもう存在していない者たちのひっそりとした囁きをじっと聞いているのが好きな真志喜。書物の命は長く、何人もの間を渡り大切にされてきた本は、老いることを知らずに「無窮堂」でのんびりと次の持ち主を待っている。だが瀬名垣は、死者の囁きに囲まれてぼんやりしている真志喜を放っておかない。明るさと行動力を持ち合わせた瀬名垣は、あくも強いが、人を惹きつける魅力もある。業界の老人たちにも好かれて可愛がられ、学生時代から友人も多いのだった。いつだって人の輪の中心にいて、一人でいる真志喜を渦の中に引っ張り込もうとした。瀬名垣のおかげで真志喜は時間の経過を知り、笑ったり苛立たされたりするのだ。

 真志喜は、瀬名垣が自分に対して負い目を感じていて、未だに気にかけてくれることを知っている。自分に罪の意識や義務を感じる必要などないのに…瀬名垣が義務感で私とつるんでいようと、かまわないのだと言い聞かせながらも、「負い目」などで自分に縛られてほしくないと思いつつ、その反面「もう自由になってもいいんだ」とは決して告げようとしない臆病で利己的な心の襞に気づいていた。それは、罪を背負ったまま他者を愛することができるか、愛されることを求めてもいいのかという大きなテーマを思わせる。許しを請うことも、償うこともできないまま、まだなお疼くものをどう抱えていけばよいのか。諦めるべきなのか、耐えるべきなのか、切り捨てるべきなのか…瀬名垣と真志喜はタイトルから考えてみれば、月の夜の光と影と言うことが出来るだろう。求めながらも拒み、拒みながら求める。一緒にいるのに、一緒になれない複雑な人の感情を感じる。それは、もしかしたら若さならではの思いなのかもしれないのだが…

4043736029月魚 (角川文庫)
三浦 しをん
角川書店 2004-05

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コメント

トラバいただき&記事でのblogご紹介、ありがとうございます!!
私はまだ「月魚」しか読んだことがないのですが、三浦しをん氏のほかの作品も読んでみたいと思わせてくれる、ほんとに良い作品でしたね。
ましろさんの言うように、内容は重いものなのに心にすっと入ってくる、国語の授業で学ぶような作品でした。
ましろさんのblogからは、きちんと本を読んできたんだなという、いい匂いがします。
これからもお互いに本をたくさん読んで紹介していきましょう。
そして、たくさんの良い作品と出会っていけたらいいですね。

投稿: メグ・ライオン | 2005.03.26 17:13

メグ・ライオンさん、コメントありがとうございます。
国語の授業で学ぶような…っていう表現に好感を持ちました。そう言えば、そんな感覚を長い間忘れていました。思い出させていただき、ありがとうございます。‘きちんと本を読んできたんだなという、いい匂いがします’という嬉しいお言葉までいただいてしまって恐縮です。たくさんの良い作品との出会いと、作品を通じて知り合えた縁に感謝です。

投稿: ましろ(メグ・ライオンさんへ) | 2005.03.26 18:44

はじめまして!ここのサイトのお名前はあちこちでお見かけしておりましたが、はじめておじゃまします…。
三浦しをんさんは、最近とくによく読んでいます!作品がバリエーション豊かですごいですよね。

また遊びにきます。どうぞよろしくお願いします!

投稿: chiekoa | 2005.07.14 17:00

chiekoa さん、コメント&トラックバックありがとうございます。
ブログ村本ブログにて、拝見させていただいてました。
来てくださって、とっても嬉しいです。
三浦しをんさん、いいですよね。エッセイと小説のギャップが好きです。
こちらこそ、今後も宜しくお願い致します。

投稿: ましろ(chiekoa さんへ) | 2005.07.14 19:18

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月魚三浦 しをん角川書店 2001-05 二十四歳、古書店の若き当主・真志喜と、幼馴染で同じ業界に身を置く瀬名垣。小学生だったある夏に起きた「事件」以来、二人は密かな罪の意識をずっと共有してきていた―。ある日、本を買い付けに行くという瀬名垣の手伝いで一緒に出掛けることになった真志喜。過去の呪縛から一歩も動けずにいる二人を、そこで待っていたものは…。 「水底の魚」と「水に沈んだ私の村」の二編が収録されています。 のっけから漂うこの耽美な雰囲気は…そこはかとなくBLのかほり?とか思いつつ... [続きを読む]

受信: 2005.07.14 16:58

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