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2005.03.15

六の宮の姫君

IMG_0015gre 芥川龍之介がなぜ短編「六の宮の姫君」を書いたのか、その意図を問うミステリーである北村薫著『六の宮の姫君』。暴力も犯罪も起きない心地よいミステリーは、<円紫師匠と私>シリーズの4冊目。シリーズを順番に読んでいなくても、わかりやすくて楽しめる北村氏の文章のセンスがさえている。シリーズと共に成長してきた主人公である文学部の4年生の<私>は、卒業論文を「芥川龍之介」にすると決めた。先生の薦めで文芸出版社でのバイトを始め、さらに奥深い文学の世界について身をもって知ることになる。文学史を読んでいるような、実際に起きた事柄をモチーフに様々な資料を当たって謎について想いにふけり、日常から作家から円紫師匠から上司から友人から、たくさんのヒントをもらいながら<私>は、一歩一歩確実に成長していく。主人公の読書の幅広さやその量と質は、ただただ尊敬するばかりで、私は少々恥ずかしくなってしまった。

 出版社でのバイトにて、田崎先生の作品のコピーすることが<私>の主な仕事である。国会図書館やどうしても手書きで書き写すしかない古い貴重な作品や新聞雑誌での連載物まで、様々である。そして、実際に田崎先生と話す機会に恵まれて、主人公は芥川龍之介についての話を聞く。誰が話しかけても、何倍にもなって答えが返ってくるような人柄だったという。百人一首の≪龍田の川の錦なりけり≫を≪芥の川の知識なりけり≫とまでいわれたとか。そして、『六の宮の姫君』の話題になったときに、≪あれは玉突きだね。……いや、というよりはキャッチボールだ≫そんな言葉をぽつりと投げ出しただけ。「今昔物語」を素材にした作品があるように、元があって新しいものが出来たという意味で言ったのだと思い浮かぶものの、あっさりそんなことは誰でも知っていることだと言われてしまう。田崎先生は「つまらんことをしゃべってしまったかな。こんな昔の、たった一言の、わけなんぞ分かる筈がないからな」と。

 夏休み、友人と共に旅行をするも、その道中はずっと「芥川龍之介」についての話だけ。しかも、着いたペンションでも本棚の文学全集がかなりの充実ぶりだったため、若い娘2人が夜長に読書となってしまう。就職活動もしないまま、運良くバイト先の出版社で内定をもらうことができた主人公は、『六の宮の姫君』のにまつわる謎に夢中である。芥川と交流の深かった菊池寛とのエピソードを文献で調べたり、菊池寛という人間について書かれた書物によって、作品の持つ裏側を探ったり…円紫さんは、芥川の手紙の内容から、様々なことをレクチャーし、主人公を唸らせる。円紫さんは<私>と同じ学部卒業のOBなのだから、文学においても他のことにおいても素晴らしいくらいに道が明るいのだ。けれど、それをさらりとこちら側がその答えを導けるように話す物だから、引き込まれてしまう。さすが、噺家である。

 人と人とは、操られるように巡り会い別れる。心の器である人間はそこで、愛し敬い嫉妬し軽蔑し絶望し悲しむ。そんな人と人との繋がりの不思議さを感じる主人公。そして、このシリーズでは、お年頃の<私>の恋愛観が書いてあることも興味深い。「空気の違いや水の違いみたいなものをね、自分と同じような方向で感じる人、そういう男の人の側にいられたらどうか。きっと、くすぐったいように嬉しいというか幸せというか、そんな気持ちになると思うのよ」なんて…乙女である。円紫さんとの会話の中では、こんな人が恋人で≪手を握らせないと教えてあげないよ≫なんてやられたら堪ったものではない…そう思いつつ、「降参です」と言い、「これで食後のお茶に誘っても大丈夫だ。付き合っていただけますね」とおっしゃる円紫さん。紳士だと思う。そして、コンサート会場にて隣に座った男性が読んでいた本が気になる主人公。≪スワロー夫人≫とか≪う、う、う、う、う≫。とページの3分の1ぐらいがそれで埋まっている奇妙な本。そして、本を読む人。「いいな」の基準を友人に笑われたが…<私>は心の通じている人とのデート気分で音楽を楽しむのだった。

 そして、私は北村薫のミステリーを誰かと楽しむように読むのだった。

4488413048六の宮の姫君 (創元推理文庫)
北村 薫
東京創元社 1999-06

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『六の宮の姫君』 (創元推理文庫)著:北村薫今作では「私」が大学の4年生になり芥川龍之介を題材に卒論を書く。話のメインは芥川龍之介作品の中でも「六の宮の姫君」に... [続きを読む]

受信: 2005.03.16 12:19

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