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2005.03.02

生まれ出づる悩み

 たまには名作と言われる作品を再読してみようと思い、有島武郎著『生まれ出づる悩み』を選んでみた。1918年に発表されたこの作品は、実在した画家・木田金次郎をモデルにして書かれたものらしい。「芸術」の産みの苦しみ・悩みがテーマとなっている。登場人物は主に3人だけ。「私」という文学者(有島武郎自身がモデルだと考えられる)、「君」という魚師の家業を生業としなければならない境遇の中でも画家への夢を諦めきれない者、「K」という「君」のただ一人の友人。技巧は拙いが迫力のある「君」が書いた絵に圧倒される「私」。時は過ぎ、10年後に再び「君」の作品を見ることとなるのである。そして、自分を重ね合わせた「私」は考える。

 「君」はどう生きたいのか?彼らの「生まれ出づる悩み」とは何なのか?「私」と「君」は、これから先どんな生きる道を選択するのか…それらが有島武郎の描きたかったことではないだろうかと思う。「私」は、文学者が文学者である事を疑って、そう考えるほどに世の中を空虚な頼りない感情を抱いている。そんな頃に「君」も誰も気がつかない注意も払わない地球の隅っこで、尊い1つの魂が外へ出ようともがき苦しんでいるのだった。そして、再会を果たしても、世の中の何百万、何千万の人々が、生活に天授の特異な才能を踏みしだかれて、虚しく生きているのだった。この不条理は、悲しくも私たち一人一人が背負うべき不条理である。夢だけを追うには、現実はあまりにも厳しいのである。だから、生活のための仕事の合間に「君」は絵を描き続ける。

 「君」の愛し、描いた絵は自然の風景であった。懐かしい友人に会うように、しみじみと山の姿をながめる。自然は生きている。そして、人間以上に強く高い感情を持っているらしい。地球は生きている。生きて呼吸をしている。この地球の生まんとする悩み、地球の中に隠れて生まれ出ようとする悩み…それは人それぞれのものに違いない。

 “君よ、春が来るのだ。冬の後には春が来るのだ。君の上にも確かに、正しく、力強く、…”

 私の心の中にも、春がくることを願って。

4101042047小さき者へ・生れ出づる悩み (新潮文庫)
有島 武郎
新潮社 2000

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コメント

人生の90%は生存の為の手続きで、やりたいことを思う存分にやれる人というのはほんの一握りですよね。雑事に追われている間に、あっという間に一生が終わってしまい、かといって魂の真のありかはどこかなぞと自分探しの旅を始めたら途端に、社会という歯車に押しつぶされてしまう。芸術家なり詩人なりあるいは宗教家なりが、それらしい顔をして、なんとか存在理由を見出せた時代もあったのかもしれないけれど、現代のような資本主義全盛の時代にあっては、そのような生き方をするのも難しいように感じます。効率を重視すれば、社会の分業が進み、そうなれば物を作る喜びなど失われてしまう。そういう時代に求められる芸術は、人間の総合性を回復させるような何かではないかと僕は考えています。

投稿: るる | 2005.03.03 07:32

るるさん、コメントありがとうございます!
人生の大半が生存の為の手続き…確かにそうですよね。やりたいことを思う存分にやれることが出来たら、ものすごく幸せです。考えてみたら、現在の私はそれに限りなく近い生活を送っていることに気がつきました。それは、永遠のモラトリウム人間だということなのかもしれませんが…だから、社会の中での生きることが下手なのかもしれません。効率を重視して、社会の分業がもっと進んでしまったら、芸術という概念も変わるかもしれませんね。時代とともに…。ものすごく具体的に言えば、CGを駆使した作品よりもそうでない作品が私は好きです。現在やっている大河ドラマを見てCG遣い過ぎだと感じているのは、私だけなのでしょうか…?なんて。

投稿: ましろ(るるさんへ) | 2005.03.03 16:25

チャップリンの「モダン・タイムズ」では人間が機械に従属するのではなくて、機械に人間が従属する姿が描かれてますよね。一方で芸術の世界では、ピカソなどのフォービズムの画家が人間の幾何学的な要素を強調して作品を制作するなど、人間の側からも無機質なものに歩み寄ろうとする傾向が見られました。人間の感情的なものは取り去って、合理的な要素のみを抽出することによって、力を得たのが近代という時代ではなかったかと思います。では現代はどうかっていうと、デジタルの時代ですよね。CGはデジタルの時代を象徴する一つとして数え上げられると僕も思います。これを美しいと感じるか感じないかは、もうそのひとの好みの問題なのでしょうね。僕個人としては、物凄いアナログ人間で無機質に耐えられない人なのだけど、何故かアニメのCGなぞには素直に感動してしまいます(笑)。音楽なんかではレディオヘッドやビョークなんかも、デジタルな感性なのかな~とか考えたりするのだけど結構好きです。小さい頃からファミコンとかで育ってるので、免疫ができてるんでしょうか?この前、芸大出の友人と今の70代が演歌に郷愁を感じるように、俺達の世代は年取ったらスーパーマリオのデジタル音に郷愁感じるのかな、などと冗談をいってました。その頃の小学生は一体どんな感性をもつのでしょうね。

投稿: るる | 2005.03.05 06:50

訂正
人間が機械に従属するのではなくて
→機械が人間に従属するのではなくて

でした。すいません。

投稿: るる | 2005.03.05 06:54

るるさん、コメントありがとうですぅー★
「モダン・タイムズ」って、機械の中をチャップリンがぐるぐると回るシーンがあるものですか?違っていたらごめんなさい!何だかそのシーンがあまりにも強烈に残っているので。私の兄などは、ファミコンまっ盛り時代の小学生だったので、現在出まわっている安いゲームソフトのバックに流れる音を聞いて「○○に似てない?」などとよく言ってるんです。どうやら懐かしいらしくて…(笑)当時は、エレクトーンで作曲をしていたので、ものすごく耳がいいんですよぉ。次の音はこれだっていうのがわかるので、ラジオで知らない曲が流れても歌えてしまうんです。歌詞は全て「トキワ、トキワー♪」ですが(笑)レディオヘッドやビョークは私も好きな方ですが、頭が疲れているときは、苦手です。音数の少ない弾き語りの方が好みのようで…初期の頃のトム・ウェイツが私の中学時代からのお気に入りです。私は時代の波に乗れていないですねぇ。超アナログ人間ですから。

投稿: ましろ(るるさんへ) | 2005.03.05 12:33

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