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2005.02.03

僕は模造人間

20051026_014 母胎にいたときからの記憶の回想で始まる、かなり毒の含みがある島田雅彦著『僕は模造人間』(新潮文庫)。サラリーマンの父・29歳と元デパートの従業員だった母・25歳の間に誕生したジャポンの平均的家庭の第一子である亜久間一人(あくまかずひと)。両親は、親がいなくても、世界の人がいなくなっても、カズヒトは一人で生きて生ける強い子になるように、世界にたった一人しかいないという意味で名付けたのだが…。小学生時代は「アクマ」なと言われた。性格には「ク」にアクセントを付けるに、周囲はおもしろがって「ア」にアクセント付けて呼ばれる。著者の皮肉というか、冗談というか、もしかして大真面目な自己回想なのか、興味深い小説である。

 彼(主人公・亜久間一人)は、自分が自分であったためしがなく、常に他人であった。名前も手も足も舌も声も。それが自分のものだと感じるためには病気になるか怪我をするか、ともかく普通でない目に遭わなければならず、自分の体を痛めつけたり、変質させたり性格という粘土をこねくり回して変形させたり、2つに割ったりする倒錯へと走ることを義務づけられた。

 自分の趣味の夢をみる日々…「他人の心臓」というものを聖書代わりし、どんどん周囲とは異質な存在となってゆく。エスカレートする彼の行動はハラキリゲームにまで至った。三島由紀夫の切腹に影響を受け、父親と口論したりもする。「親から授かった命を無駄にしていいのか?」と父親が一般論で訊けば、「命を大切にして、親とか家族を困らせている奴もいるよ。人殺ししたり、泥棒したり…」と。そして、どんな死に方がいいかを考えてみたり、他人のつくった現実を自分の手で作り変えたいという欲求が生じていたりした。自分は、誇大妄想を食べて生きる死者なのだと。

 亜久間一人は僕であって僕でない。いつでも他人になり変わるが、他人でもない。誰よりも自分のことを知っている親友であり、誰よりも自分に冷淡である。模造人間は何をしてでも生きて行ける。けれど、一カ所にとどまっていることはないだろう。模造人間という不可思議な存在を提起して、私たち人間と裏表となっている関係になっている存在を描き出している。彼は、精神的にも肉体的にも健全であることのコンプレックスをもっと強烈に味わうために鍛え上げられた肉体の持ち主となり、苦痛や衰弱をおいしく味わおうとした。屈服することを先に伸ばす体力があれば、苦しみは長く続くであろうと。

 そして、著者はこんな事も書いている。人間というのは、みんな未完成の模造品。昔の人のパロディをやって生きているようなもの。小説を読んだり、映画を観たり、変な人と出会ったりして、影響を受ける。それで、影響を受けたなりに生きていくことになる。でも、当然の事ながら時代や状況が違うから、結局パロディになる。と、いうことは私の生きている事自体何らかのパロディなのか…著者の分身のような亜久間一人にこてんぱにやられてしまった感が強く残る。そして、著者のにんまりした顔が浮かぶ。はまってしまった自分に気づく…何度読んでも負けるヤワな自分にも。パロディだと思うと、鬱々とした悩みも救われたような感じがする。誰かも経験したモノだと思えば、乗り越えられるのではないかと期待しつつ…

4101187010僕は模造人間 (新潮文庫)
島田 雅彦
新潮社 1989-10

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コメント

はじめまして、
ミメイさんのブログからやってきました。
読み始めたら一息にこの一ページを全部
読んでしまいました。すごく深く書きこんでらっしゃって、
読み応えがありますよね、とても面白いです。
島田雅彦という人には、やっと最近
興味が沸いてきたところで、
雑誌や新聞に彼の書いた記事があるのを見つけては
勇んで読んでいるんですが、
いまだ著作物は手にいていないんです。
いつまでも後回しにしていないで読まなければ
と思わせていただけました。
←の書評もすごくいいですね。
どうも、好みがぴったり一致しているようです。
いろいろ是非、参考にさせていただきたいと思います、
どうぞよろしくお願いします。

投稿: タール | 2005.02.08 09:43

はじめまして、タールさん。
コメントくださってとても嬉しいです。
ミメイさんのところからですかぁ…恐縮です。
読んでいただけて。それだけでウッキウキな気持です。
「深く書き込んである」とか「読み応えのある」だなんて、
書いてくださり、本当にありがとうございます。

島田雅彦さん関連の記事には、ほとんどコメントがなかったので、
認知度が低いのかしらと思ってしました。
興味を持ってくださる方が増えることを願っております。
島田作品は文体がコロッと作品ごとに変わったり、
初めのうちはかなりの毒を感じるかもしれませんが、
はまると何処までもはまります。
多分、男性の方が好まれるタイプなのではないでしょうか。
気になった作品をぜひ読んでみてくださいませ。

投稿: ましろ | 2005.02.08 23:03

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