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2005.02.14

神曲

 Welcome to the Trance Worldというサブタイトルのついた桜井亜美著『神曲』。ダンテの神曲やボードレールの悪の華を引用しながら語られる物語は、孤独で悲しい陰りを漂っている。殺人者の息子として生きることを強いられている瀧宮嵐と愛を知らなかった彼の愛する美虹のラブストーリーでもあり、科学の進歩に対する著者の考えが様々なかたちであちらこちらにふと書かれている。瀧宮は悪魔の顔を持ち始め、誰にも本性を明かさずに高い地位と能力を得る。もしかしたら、本当は脆い自分を変えたかったのかもしれない。

 本当の悪魔は美しくてノーブルで、知的な生き物。天使は「全」と「善」の価値観に埋没する個性を欠いた存在だが、悪魔は個我を極めたその先に存在する「叡智」と「創造」の結集なのだと。孤独は果てしなく続いて、個々の境界すら見えずに喜びも悲しみも存在しない。そう考えてきた彼は愛する人と出会う。「愛」という存在を徹底的に否定してきたのにもかかわらず…全ての人間は本質的に自分しか愛せず、醜いエゴを満足させて孤独から逃れるために、誰かを愛しているようなフリをする。その自分すら愛せなかった瀧宮は、過去に性的なトラウマを抱えたまま肉体関係を結べない26歳の獣医と付き合うようになる。飼いきれなくなって里親にだされたコウモリのエルフについての飼い方などをアドバイスしてもらうようになり、エルフを口実にしたりもして…

 瀧宮は悪魔の仮面の他に、警視庁で働く優秀な仮面を持っている。彼の所属する情報統括センターでは、情報収集衛生データが送り込んでくる膨大なデータの犯罪防止への有効利用を目的としている。テロや重大な未解決事件などを捜査すると謳っていただが、様々なデータをCGで自動的に補強し、現実世界を寸分違わぬ世界をリアルタイムで再合成したAR(Augmented Reality)システムの構築である。個人データの詳細なプログラミング入力さえすれば、相手の言動や触覚まで望みのままに再現する。それは、仮想世界を超えた新世界である。

 1年前に脳腫瘍で亡くなった恋人・美虹をのために彼女の未来を変えようとして、瀧宮はARシステムの中に入り込む。運命を変えて、少しでも長く生きて欲しいと。そんな中、彼のしていることを探っている人物たちがいた。彼女のためなら、どうなってもいいと殺人に手を染める瀧宮。もう後戻りはできない…

そして、ARの開発者でる恒河澪子から個人的に呼び出される。ARシステムの中に入るための試験成績はトップクラス。彼女を殺せば、美虹は消えてしまう。けれど、澪子は瀧宮の過去も含めて、全てを知られてしまっており、論文の被験者にまでにされてしまう。澪子は、孤独に生きる女性であった。瀧宮に初めて会ったときから、自分と同じ部類の人間ではないかと思ったという。瀧宮を自分のものにするべく、究極の選択を用意し、愛されたがるのだった。美虹をARから消すか、非合法のARへのアクセスを警察へ報告されるか…

 この本には、境界性人格障害と統合失調症的という言葉が出てくる。が、何か間違ったまま使われている気が少々した。それからARシステムを実際に研究している方がおられるとか…。例え、ARシステムが無限に続いて、AR1,AR2,AR3…のように。そうしたら、どうなってしまうのだろう。ARを監視するAR1。AR1を監視するAR2…無限に続く仮想世界を超えた新世界。ある意味その世界は、現実に疲れ切ってしまった人間の憩いの場として、いつか幸せだった記憶を疑似体験できるようになるのだろうか…

4344404971神曲―Welcome to the Trance World (幻冬舎文庫)
桜井 亜美
幻冬舎 2004-03

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コメント

 ましろさんの文章って、前々から思ってたのですが、緻密ですよね~。語感が鋭いというか、言葉の微妙な違いをきちんと区別して使ってるというか。いい加減なコメントすると怒られそうなので、怖いです(苦笑)
 桜井亜美の本は突っ込もうと思ったら多分数え切れないぐらい突っ込みどこが出てくるんじゃないでしょうか(笑)。心の襞をうまく汲み取ってかかれてるな~とは思うのですが。でも最近は、その重さに耐え切れなくなったので、読んでません。
 

投稿: るる | 2005.02.16 19:06

るるさん、毎度ありーです!ありがとうございます。緻密?語感が鋭い?いやいや、そんなことはないです。本の要約が少々得意なだけです。高校時代の文章の方が、今よりよかったりします。
 
そう、桜井亜美にはつっこむべきところがたくさんあります。この「神曲」はマトリックスもどきですし…でも、リアルタイムのネタを物凄いペースで書かれていることがすごいと思っています。最新刊は、前作に引き続きメール形式の文面…いくらネット小説が流行っているからって…私は桜井亜美の1冊目からのリアルタイムでの密かなファンなので、とりあえず読むことにしています。

投稿: ましろ(るるさんへ) | 2005.02.17 00:16

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