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2005.02.27

完璧な病室

 死にゆく弟を看病する姉が主人公である小川洋子著『完璧な病室』。清潔な病室のベッドに横たわる弟は、自分の死について具体的に考えているのに完璧なまでに穏やかさを保っている。仕事と家事と看病をこなす姉に対しても、完璧に優しい。どこか生活感に嫌悪している姉の世界は、無機質なものであり、病的なまでにこだわりを感じさせる。病室は彼女にとって、何もしないでいることが少しも苦痛ではなく、何時間でも何もせずに過ごしてしまえる存在。完璧な清らかさを味わいながら、弟を見ているだけで嬉しさを感じている姉。自分以外の人間と2人きりで長い時間を閉じこもっているのに、安らかな無口でいられる。まるでお互いの息遣いや鼓動などの身体から出る波長がぴったり重なり合っているような…。夫といるときには余計なことを考えてしまうのに。

 病室にいる弟への感情は恋愛の始まりのようでもあった。普通の恋愛は男と女だが、弟と姉の関係ならどこへも落ちていく必要はない。ずっと恋愛が始まる時にやってくる完璧な安らぎをいつまでも味わうことができるのだった。“弟”という簡単な一言で片づけていたのに、病室にいる弟を特別にいとおしく感じているのである。生活に対しては「うすのろで幼稚で汚らしい」と言っている姉である。病室にいる時は、全然疲れることもない。病室は、好きな人と一緒にいるのに、理想的な場所であると思っているのだった。それ程までに病室という場所は、生活の薄汚さを完璧なまでに掃き出した場所。そこに弟といることで、自分が天使か妖精になったような気がしてくる程。弟を愛する気持ちだけ食べていれば、それだけで生きていけるような…食べる場所である食卓に対する薄汚れているというイメージも相当なものである。

 -このままひっそりと無機物のように清らかに生きていけたらいいのに。何も変わらず、何も腐敗せず、このままずっと弟と一緒にいれたらいいのに。-

 この小説を読んでいると、不思議な感覚に陥る。毎日の生活が全て汚れているような、食べるという行為が醜いものであるような、自分のいる場所がどこか間違っているような、生きているということが不自然であるような、世の中に溢れる「死」というものが常に身近であるような…そんな感覚に。そして、そのような感覚を自分がかつて感じていたような気がするのである。今いる自分の部屋を見わたしてみる。白いカーテン、白いカーペット、白いベッドカバー、白い家具、白い洋服…あぁ、私も主人公と似ているのかもしれないと。でも、携帯とテレビとプレステだけが黒い。PCとラジカセはシルバー。その事実に安堵してしまった。まだ、私は大丈夫だと。でも、この小説の無機質な雰囲気が好きである。だから私は繰り返し、何度もこの本を読んでしまう。

 ちなみに私の手元にあるのは、現在は入手困難な福武文庫。中公文庫には福武文庫の「完璧な病室」+「冷めない紅茶」を合わせた4編もの小説が収録されている。お得だ。欲しいけど、持ってるし…何度も読んだし…今から読む方は新しいのを読んでくださいまし。デビュー作も収録されていますので。

412204443X完璧な病室 (中公文庫)
小川 洋子
中央公論新社 2004-11

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コメント

こんにちは。しばらくのご無沙汰でした。
ましろさんのエントリ読んでからずっとこの本が読みたかったのですが、今日、やっと買ってきました!(中公文庫版です) 読み始めるのはもう少し後になりそうですが、楽しみでわくわくします。
わたしの「読んでる本」のリストに、ましろさんの記事へのリンクを貼らせていただきました。あの、もしご迷惑だったら外しますので、おっしゃってください。ごめんなさい。よろしくお願いします。

投稿: わさび | 2005.03.08 18:56

わさびさん、コメントどうもありがとうございます!
小川洋子ワールドをぜひ堪能してくださいませ。
初期作品もなかなか新鮮でよいと思いますよ。ずっと変わらない世界観もとても心地よい雰囲気です。
わさびさんの「読んでる本」リストに私の記事のリンクをしてくださったのですか?ありがとうございます!嬉しいですよぉ。迷惑だなんてとんでもないです。こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します。

投稿: ましろ(わさびさんへ) | 2005.03.08 23:35

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