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2005.02.28

風葬の教室

 11歳の頃に出会った山田詠美著『風葬の教室』。当時は河出文庫であり、文庫本にしては大きめの文字で印刷されており、主人公と同じ小学5年生だった私は、この本にかなりの衝撃を受けた。主人公は転校生。微妙な年頃ならではの少女の心理をズバリ描いている作品である。年齢に関係なく、少し大人びた生意気な少女。その少女に対する子供のいじめ世界がリアルに描かれている。少し前の時代ならば、主人公の少女の感覚を“ませすぎている”という一言で片付けられていたかもしれない。けれど、この少女の気持ちや考え方のわかる少女は現実にもクラスに1~2人はいるだろうと思う。私もそんな少女時代を過ごした1人であるのだから。

 少女時代という時間を一番長く過ごすのは、学校である。学校での生活というのは、眠るよりも長い。学校が人生とも言える。そして、その学校の中で自分の身を置く場所というのがものすごく重要なのである。私の場合は、当時は何でもパーフェクトにこなしてしまっていた。おとなしくしていても目立ってしまう程に。勉強も運動も絵も作文も書道も…あらゆるもので賞をもらっていた。そして、田舎の子供にしては小綺麗過ぎていた。人と接することがあまり得意ではない私は、そもそも友だちを作ろうという概念がなかった。登校拒否のくせに、テストだけは受けて満点を取っていた。私に授業は必要がなかった。だからいじめの対象に選ばれたのではと思う。もちろん、先生たちにも嫌われていた。

 そこで、私は考えた。この集団から離れる方法を。それが中学受験だった。半ば、逃げるような気持ちで受験にのぞみ、当時の地方紙には合格者の名前がずらりと並んでいた。それがきっかけで、私の周囲ではちょっとした騒ぎに進展していた。なぜか、今までの私に対するいじめを謝ってきたのだった。女子全員。おかしな光景だった。別の中学へ行っても友だちでいようね。文通しようね…なんて言うのだから。そもそも、私は貴方とお友だちではないのですが…そう言いたかったけれど、私は笑顔をふりまいた。

 卒業式、先生たちの最後の陰謀のように、私はBGM的にピアノを弾かされた。CDでも流せばいいものを。わざわざ。恒例の卒業式の呼びかけに、私の音を押さえた静かなα波が出るような無難な曲を弾かされた。屈辱だった。けれど、先生とうまく関係を結べている人もいる。先生を惹き付けたところで、利口に動くのである。やり口をわきまえている。周囲の動きにも敏感に反応して。けれど、私にはそんな器用な生き方はできなかった。先生の一言、リーダー格の一言で状況は左右されてしまう。世の中は何故、こんなにも愚かしいことで成り立っているのか、今でも不思議でならない。そして、死を決意したときよりも、生きなくてはいけないのだと気づいたときの方が人を泣かせる現実にも。

 これから読む方には、新潮文庫の『蝶々の纏足・風葬の教室』がオススメです。

4101036187蝶々の纏足・風葬の教室 (新潮文庫)
山田 詠美
新潮社 1997-02

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コメント

私も小学生時代はややパーフェクトでした。(笑)でもそのお陰で、かえってちやほやされていましたけど。だけど、妙にその頃から心はいつも冷めていたので、ちやほやされて気持ちはいいのだけど、そういう扱いをする人たちは信用できない…という気持ちが強かったですね。
高校受験の時、私もやっぱりだれも行かないところに行きたくて、わざわざ遠い高校を選びました。なんであんなにひとりになりたかったんだろう…と今ではちょっと不思議だったりするけど、でも当時はとにかくひとりになりたかったんですよね。そのために勉強もすごい勢いでやったし、遠いところを3年間頑張って通い切りました。
振り返ってみれば、いつもそれなりにクラスに馴染んではいたと思うのですが、でも自分的にはいつも居心地が悪かった…。たぶん集団の中で過ごすということがそもそもダメなタイプなのでしょうね。だから本当はどこに行ったって、学校という枠組みの中にいる限りはあまり変わらなかったのかもしれません。

投稿: ゆら | 2005.03.01 04:43

ゆらさん、コメントどうもありがとうー★
やっぱりゆらさんと私は似ているのでしょうか?私の場合は、親がスパルタ的に教育熱心でしたので、満点をとらないとしかられました。95点だとしたら、あとの5点はなぜに間違うのか理解できないわ…と、そんな感じでした。ほめられて育ったら、きっともっと違う自分になっていたような気がします。別に親を憎んでいる訳ではないですけれど…
集団というのは、今もすごく苦手なのです…私には向いていないようです。ちなみに私の主観では、3人からが集団になります(笑)大学時代は、精神的にしんどくて大変でしたが授業が楽しくて、集団の中にまぎれることが苦ではなかったんです。なぜでしょう?私は、高校までの人間関係の方が、親密だったようにも思えます。

投稿: ましろ(ゆらさんへ) | 2005.03.02 01:33

ましろ様、こんにちは岡枝です。「蝶々の纏足・風葬の教室」私も読みました…大学に入ってからで、少々遅れ馳せながらって感じでしたけど。山田詠美さんの本は「ひざまずいて足をお舐め」(でしたっけ?)から始まって、一時期ハマってました。でも、私もその時点では彼女の作品の中では些かマイナーな部類に入ってしまっていた「蝶々の纏足・風葬の教室」が一番のお気に入りだったことを、ましろ様のログを読んでいて想いだしました。成人女性よりも少女が主人公の物語の方が好きなのです、何故か?子供にとって、学校はまさに社会そのもので、‘学校が人生’とは仰る通りだと思います。大人になると会社や家庭が人生になるのだけど、子供の頃に学校という人生で自分に正直に生きられなかった人は、大人社会でも周囲に無理して自分を合わせがちになって、苦しい想いをするのかもしれませんね。だからかな?少年少女を主人公とした物語が好きなのは。特に周囲から孤立した少年少女は最高。孤高の人は老若男女問わず、常に憧れです。小学生の頃にましろ様をイジメていた女の子達も、自分達がましろ様のように、我が道を行くみたいな生き方ができなかったからこそ、妬みの対象であると同時に羨ましくてしょうがなかったのかもしれない気がちょっとします。私が彼女達の一人だったらそうだったと思うので。それにしても小5で山田詠美…ましろ様ってやっぱり、ただ者じゃない!

投稿: 岡枝佳葉 | 2005.03.02 16:44

岡枝さん、コメントどうもありがとうございます!
私は最近の山田詠美さんの本は少々苦手なのです。初期の頃の作品は大好きなんですが…。学校にはほとんど行かない不登校児だったので、孤高の人っていうか、かなりませた生意気な少女時代を過ごしていた気がします。なぜ、この本を読んでいたのかは、いまだに謎ですが。図書委員をしていたので、学級文庫として本棚にずっとおいていました。でも、あまりにも汚くなって戻ってきたので手放しました。小さい頃に大人過ぎたせいか、今は精神年齢が15歳くらいなのではないでしょうか…?思いっきり子供のくせに、妙なことを知っているという…『ひざまずいて足をお舐め』は、中学時代に盗まれちゃったんですよ。久しぶりに学校へ行ったら、3冊も消えていました。でも、消えたのは何というタイトルの本なのか大きな声では言えないことに気づいて(笑)諦めました。

投稿: ましろ(岡枝さんへ) | 2005.03.03 00:24

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