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2005.01.12

沈黙博物館

 5年前に初版で買った小川洋子著『沈黙博物館』が文庫化されて、某書店ではミステリーの棚に並んでいた。この本がミステリーの部類に入るのか否か、私的には少々納得がいかないのだが…久しぶりに読んで、一気に読んでしまった。

 この本のストーリーは、博物館技師が小さな遠方の村へ博物館を作ってほしいとの依頼を受け、出向くところから始まる。依頼された博物館、それは、死者の形見を展示するための博物館であった。死者の形見をコレクションしている老婆は、技師に対して何とも横柄な態度のふるまいをする。そして、「私が目指しているのは、人間の存在を超越した博物館。何の変哲もないと思われるゴミ箱の腐った野菜屑にさえ、奇跡的な生の痕跡を見いだす」というようなことを言う。村で誰かが死ぬたびに、その人にまつわる品を何か1つだけ手に入れ、その肉体が間違いなく存在していたという証拠を、最も生々しく、最も忠実に記憶する品でなければならないのだった。それがなければ、せっかくの生きた歳月の積み重ねが根底から崩れてしまうような、死の完結を永遠に阻止してしまうような何かであった。しかも、正真正銘の本物の形見を手に入れるために正当も不当もない。老婆がコレクションしていた形見のほとんどが、何と盗品だったのである。的確な形見を盗むこと、それを技師がすることは博物館を作るという仕事のひとつとなった。

 そして、次第に博物館技師が、死者の形見を探すべくして村中を走り回ることになるのであった。頻発する殺人事件の犯人も、移りゆく季節と村の謎とは一体何なのか。技師を追い監視する人物たちとは一体何の目的があるのか…それらは、読み進むうちにさほど気になるものではなくなっていた。ただ、小川作品の世界に没頭したい…それが正直な思いであった。

 そして、この本のテーマというべきか、修道院での言葉を持たない人々のことが頭から離れない。修行を重ねるうちに、言葉を失ってゆく人々。言葉というものが、実はそれほど重要ではないのではないかと思ってしまった。沈黙だからこそわかること、伝わること、他者の話を聞くことができるのではないかとすら思った。そして、沈黙は意外にも心地よいものなのではないかと考えてしまった。

 博物館技師は老婆から形見の品々についての話を記録し、見事なまでに分類し、黙々と仕事をこなす。そして「我々の身の上に起こることで、何一つ無駄なものはない。世界の全てには理由あり、意味があり、そして価値があるのである。形見の1つ1つがそうであるように…」この言葉が心にいつまでも響いていた。

4480039635沈黙博物館 (ちくま文庫)
小川 洋子
筑摩書房 2004-06-10

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コメント

こんにちは。少しのご無沙汰でした。
読み終わりました。『沈黙博物館』。
これは、ミステリー、では、ないような……。ですよね。
読むほどに、この人の作品には惹かれていきます。

博物館技師という職業、実際にあるのかどうかわかりませんが、少なくともこの作品中の「技師」は、クラフト・エヴィング商會の『じつは、わたくしこういうものです』の架空の仕事師たちを思い起こさせます。もし未読でしたら、ぜひどうぞ。

投稿: わさび | 2005.01.21 00:28

わさびさん、コメントありがとうございます。
書店のミステリーコーナーにあり、
帯に深まる謎、犯人は一体誰なのか…?
みたいなことが書かれていたのですが、
ミステリーではないと私も思います。

小川洋子さんの小説にはえっ?というような
職業の方々が登場することが多いですよね。
「やさしい訴え」のチェンバロ職人。
「余白の愛」の速記者など。
この2作はかなりのお気に入りです。
博物館技師って、存在するのでしょうかね…
でも、謎めいているところもよかったりして。

クラフト・エヴィング商會の『じつは、わたくしこういうものです』は、読んだことがないので、今度本屋で探してみますね。ご紹介、ありがとうございました。

投稿: ましろ | 2005.01.21 01:17

職場からなのでIPが変わってますがわさびです。
たびたびすみません。

『じつは、わたくし〜』を思い起こすはずでした。
今この本を見たら、小川洋子さんご本人が出演なさってました。
ほんと、いい雰囲気を出していらっしゃいます。
ぜひぜひご覧になってみてくださいませ。

投稿: わさび | 2005.01.21 13:23

わさびさん、情報ありがとうございます。
小川さんの解説の海外小説「キス」が文庫化されていたことに今日本屋で初めて気づきました。いろんなところで好きな作家さんのことを知ると、気持ちもウキウキになります。

投稿: ましろ | 2005.01.21 23:21

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