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2005.01.26

幻の光

 「生きていること」と「死んでいること」とは、同じかもしれないというテーマのもとに、死の深淵に佇む人間の心の揺らめきを描いた宮本輝著『幻の光』を読み返した。夫が亡くなってから、知らず知らずのうちに心の中での独り言を始めた主人公の女性。おとなしくて気持ちの柔らかな新しい夫、前の奥さんとの間に生まれた子供、亡くなった夫との間に生まれた子供と平和に暮らす日々。それでも、誰にも内緒で話しかけ続ける。女房と乳呑み児を捨てて勝手に死んでいった夫に…

 彼女の夫は線路の真ん中を進行方向に向かって歩いていたという。警笛の音にも、ものすごいブレーキの音にも振り返ることなく。轢かれる瞬間までまっすぐに歩き続けた夫。警察が調べても、何も動機が見つからなかった。バラバラになった死体からは、薬物もアルコールも検出されなかった。25歳の働き盛りの健康体だった。子供を産んで3ヶ月目に、理由もわからないまま自殺という形で夫を喪った主人公は、それ以来、もぬけのからみたいになって生き、ずっと自殺の理由を考えに考えた。考え疲れてどうでもよくなった頃、家主さんのすすめで再婚したのだった。

 あるとき彼女は気づく。死にたいだけなのだと。理由など何もない。ただひたすら死にたいだけなのだと。生きたいと思う人がいるように、そうは思わない人もいるのだと感じたのではないだろうか。夜のまっ黒な海を見ながら寒さも恐ろしさも感じず、「もうどうでもいい。しあわせなど欲しくない。死んでもいい」そんな思いがしきりに胸の中で生まれてくるのだった。そして、夫が死んだということ、夫が寂しい可哀そうな人だということをはっきりと思い知り、大声で泣いた。そんな主人公を新しい夫はしっかりと支える。どうして彼女が夜の海を見ながら泣いていたのに気づいたのだろうか…

 新しい夫は言う「人間は、精が抜けると、死にとうなるんじゃけ」と。その言葉から、この世には、人間の精を抜いてしまう病気があるのだと考えるようになる主人公。体力だとか精神力だとか、そんなうわべのものではなく、もっと奥にある大事な精を奪ってゆく病気を、人間は自分の中に飼っているのではないかと。そして、そんな 病気になった人の心には、さびれた一年中海鳴りの轟いている貧しい地のさざ波がたとえようもない美しいものに映るのかもしれないと思うのであった。

 この「精が抜ける」という言葉は深い。深過ぎてこれ以上の言い方がないように思える。絶対にいわゆる精神を病むということではないし、ふと鬱の闇に陥ったということでもないように私には思えた。誰もが抱えているもの。誰もが体験するかもしれないこと。でも、多くの人は気づかないまま生きてしまっているということ。抱えているのにも気づかないようなものなのではないか…そんなふうに考えた。

4101307016幻の光 (新潮文庫)
宮本 輝
新潮社 1983-01

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