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2004.12.24

鱗姫

 友達も一人も作らずに孤独の闇に生きる、いつでも日傘をさす少女が主人公。密やかで深刻な事情を抱えて、くすみ、シミ、小皺、ソバカスなどお肌のトラブル、老化を恐れてのことだった。屋外での体育は全て見学。全ては、きめの細かい透明度のあるつややかな白く光り輝く肌を守るために…。ここまでは、いつもの乙女ののカリスマ・嶽本野ばら著『鱗姫』。そう思えるのだけれど、そんな孤独な(というか孤独でも平気な)少女は、ある時から見知らぬ刑事を名乗る男につけまわされる日々に悩ませることになる。

 小さい頃から、いつも同じものを見て、同じものに触れ、同じことを感じてきた兄と妹の関係。美意識を持って生きること、それは世間との軋轢に悩まされ、人を孤独に追いやるものであった。けれど、少女は兄にも誰にも話せない暗い闇を抱えながら生きていた。

 その秘密は11歳の頃にさかのぼる。最初の生理が始まった後からである。それは彼女の家に代々伝わる呪わしい遺伝病であった。羨ましいくらいに美を保っている叔母もこの病気と闘っていた。綺麗な叔母は少女が病を抱えて生きていることを見抜き、鱗病について説明し、治療を薦めてくれた。人魚姫みたいに美しいのではなく、想像はなまめかしさを感じてしまう。

 鱗はぬらりとした光沢。皮膚とは全く異なる固い質感。あまりにもグロテスクであり、罪の印のように少女は黙っていたのだった。幸い、それは誰にも目撃されない場所にあり、苦痛も伴うことだった。だから、口をつぐめば済むことであった。けれど、叔母の話によると、7歳になっても発病しなければ発症いなければ大丈夫とされてきた。少女の姉は、4歳で発症し病気に見せかけて父の手によって殺されてしまった。

 鱗病は感染しないが、性交渉をもったとき、感染してしまうと言う。密かに鱗病を研究している閉鎖病棟にて、重症患者に会うときの言葉が印象的である。「生きる為には希望なんて必要ない。只、ここで朽ち果てるだけ…」と。

 少女を追う刑事は何者なのか、鱗病の治療法はあるのか、叔母の美しさの秘密とは…衝撃のラストである。

 病を抱えることは悲しい。孤独である。けれど、生きてゆける。希望や目標がないとしても。鱗病は、実存しない病気であるが、この物語のように全てをまるごと受け入れて愛してくれる人は果たしているのかしらと、想いを巡らせてしまった。そんな存在を未来を諦めたはずの私なのに。

409408018X鱗姫 (小学館文庫)
嶽本 野ばら
小学館 2003-09

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33 嶽本野ばらの本」カテゴリの記事

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コメント

こんばんは、岡枝です♪『鱗姫』、読了しました。ましろ様の紹介&感想ログも。ましろ様は‘病’という視点から主にこの作品を捉えられたのですね。私は楼子嬢の‘のほほん♪’としたキャラのせいでしょうか?鱗病を陰惨な病という風には、なかなか実感出来ませんでした。私は個人的に、鱗病とは性欲を象徴しているのかな?って読み終わってから感じました。だから全身鱗だらけの重病患者さんが、バイブレーターを差し入れして貰うと有頂天になっちゃうこととか、鱗が陰部の周辺から生えてきますこと等を総合してみまして。故に楼子嬢が最後まで愛する○○様に鱗を見せますことを拒まれていらしたことも、好きな相手にこそ自分の性欲を曝すことに恥入ってしまう、乙女ならではの激しい葛藤があったのかなぁ…とか、そんな風に考えてみました。何れにしましても、読んでる最中は先が如何なってしまうのかとワクワク状態で、一気に読ませてくれちゃう勢いがありましたね。それにしても野ばら様の描く御嬢様って、やっぱり何処かしら抜けていらして、高慢チキなんでしょうけど、やっぱり可愛い…って言うか、可笑しい。あと、鱗病の重症患者さん達の描写に関しては、とても幻想的で、まるであの病棟がこの世のものとは思えない心地でした。だからでしょうかね?醜い鱗姿であの病棟の外に出られたら悲劇かも知れないけれど、あの病棟におられる限りはそれが当り前であってゆっくりと死を迎えるまで、患者さん達は穏やかに時を過ごしているように思えました。なので、私は「生きる為には希望なんて必要ない。只、ここで朽ち果てるだけ…」というのは、逆に羨ましい気さえしちゃいました。生きる為に希望を必要としている私達の現実の方が遥かに苛酷に感じられたのです。ちょっと、捻くれた見方かな?最後に、今回も他に『鱗姫』に関するログを探して見て、かなり驚きました。今まで取り上げた野ばら様本の中で、ダントツ多くのログで取り上げられていたので!『鱗姫』から野ばらワールドにはまったという方々も大勢いらっしゃいましたし…解釈や感じ方は当然様々でしたが、ほとんどの皆さんが‘面白い!’と書いていらして、嬉しかったです。長文御免、ではまた!

投稿: 岡枝佳葉 | 2005.05.17 02:25

岡枝さん、コメントくださってありがとうございます。
悲観的な記事ですみません。かなり個人的で知られては困るようなことまで書いてしまっていたので、少々手を加えました。このような記事を読まれても言葉を残してくださったことに感謝します。
『鱗姫』、面白い作品だと思います。もっと明るい読み方もできたはずなのに…と今では感じるのですが。どうも私は孤独の闇を強く感じるようなものに過剰に反応してしまうのですね。鱗病の重症患者の方の入院していらっしゃる雰囲気が、私の知るとある雰囲気と妙に似ていることも影響している気がします。近い現実過ぎて客観的になれませんでした。こういう読み方は、きっと間違っているのでしょう。物語は物語として楽しめる自分でいたいです。反省です。

投稿: ましろ(岡枝さんへ) | 2005.05.17 22:44

ましろ様、反省すべきことなんか何もないと想うよ。私は大学で映画を勉強して、一つだけ出した結論があります。それは、百人の人達が同じ映画を観たら、百本の新しい映画がその一本から誕生するだろう…ということ。ましろ様ほどは読書していないから、偉そうに言う権利はないかも知れないけど、小説も同じなんじゃないかな?私は映画も小説も、作り手によって命を吹き込まれた優秀なものは、作り手の当初の意図とは違った解釈を鑑賞する人達が自由に、理解して感じられるものだと信じています。映画や小説を含む数多の表現媒体を、作り手と鑑賞者のコミュニケーションだと定義する人達もいるけれど、私は余りそうは思っていません。親が子供を産んで育てても、その子の可能性はその子自身のもの。映画や小説を作り手が産み出した‘子供’と思って、私はその子達が様々な境遇にある様々な鑑賞者との出会いを通して、作り手が意図していた以上のものを鑑賞者によって抽出して貰って良いと思います。なので、正しい読み方も間違った読み方もないはずでしょう?もっと単純に言ってしまえば、ましろ様の読み方は鑑賞ではなくて、観照。鑑賞は有名な名画が日本で展示されたからと、単に話題のタネに美術に何の興味も無い人々が一目見ようと殺到しているようなもの。観照は、見るのではなくて観ることで、自身と作品の内容を照らしながら、他人様の作品を通して自分自身を再発見するようなもの。私も常に観照を目指して人様の作品に触れています。故に、確かにましろ様の『鱗姫』に対する感じられ方は、私を含みます他様と比べて、実に個性的でしたが、それは何ら悪いことではなくて、ましろ様の非凡なものの観方の確証のようなものでしょう。ましろ様は常にストーリーを追うだけではなく、御自身様と照らし合わされながら御本を読んでいるお方なのです。だからこそ私はましろ様のログが好きですし、他の何方様よりもましろ様のログには書籍への深い想い入れを感じています。御自身を卑下なぞしないでください。ましろ様は大変優れた読み手です。私へのお返しコメントを読ませて頂いて、そのことだけは直ぐにでも知らせたくて、また長々と書いてしまいました。ごめんなさいね。では、そろそろ睡眠薬もまわってきましたので此処までに致します。では、また!どうぞ自信を持って感じられたままを書き続けてくださいね!

投稿: 岡枝佳葉 | 2005.05.18 03:10

岡枝さん、温かな言葉をありがとうございます。とっても嬉しかったです。
“観照”という言葉とは初めての出会いでしたので、思わず辞書で調べてしまいました。“芸術作品などを、主観を交えずに冷静にながめること。美を直観によって感じ取ること”とのこと。素敵な言葉を知りました。観照を目指して作品に触れること、私も心がけていきたいと思います。

投稿: ましろ(岡枝さんへ) | 2005.05.18 14:00

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受信: 2005.08.12 00:41

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