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2004.11.30

乾からびた胎児

 私の一番好きな漫画家さんは、楠本まきさんである。以前にも取り上げたが、哲学的な文章の連なりと繊細なタッチの絵が好みである。今回は、倫理的にもある意味問題作の「乾からびた胎児」について書こうと思う。

 類い稀なる才能と遺産を与えられた完璧な文章を描く天才人気作家・蓮見の前に、ある日突然、蓮見の少年時代とよく似た美少年・ナルアキが現れる。蓮見は気まぐれからなのか、何か意図があってなのか、ナルアキを「飼う」と決める。そして、ホテルのスイートでワガママにどうしようもない生活を送る。幼い頃に両親を亡くし、叔父にひきとられたものの、蓮見の15歳の誕生日に叔父は謎の自殺を遂げる。蓮見には、一生働かなくてもよいほどの遺産とこれまで出した本の印税だけでも、十分遊んで暮らせる状況にいた。そんな蓮見だったが、過去には闇を抱えていた。そして、蓮見の元に現れたナルアキにも暗い闇があった。ナルアキはなかなか正体を明かさない。

 ある日、ナルアキは夢にうなされて蓮見に自分が胎内にいた頃、双子であったことを話す。そして、「自分が彼を殺したのかもしれない。殺されるべきだったのは、僕かもしれない…」そんなことを話す。ナルアキの話によれば、母親はわけあって双生児を産むことを拒み、懇意にしていた医者に頼んで薬品を直接胎児に注入するという方法でナルアキの片割れを始末したという。いわゆる「間引き」である。不妊傾向のある母体が使用した排卵誘発剤の作用で複数児を受胎し、経済的理由から全員を育てることが不可能と判断された場合の間引きは、実際にもたくさん事例があるらしいが…。7つ子や9つ子になってしまうケースは実際問題多いようである。ネットで検索してみると、不妊治療の代償として、様々な意見が飛び交っていた。そして、母体の安全を確保し、選ばれた子だけがこの世に誕生しているのである。けれど、ナルアキの場合は双生児。双生児でも果たして間引きは行われたのだろうか…。

 両親を幼くして亡くした蓮見は、叔父に引き取られるが、彼が15歳の誕生日に目の前で叔父は自殺した。甥である蓮見に密かに思いを寄せていた叔父。それが君の望みなら、あなたへの愛の証にと。叔父は現実に生きることより、蓮見の心の中で生き続けることを選んだのである。

 こうストーリーをざっとたどっていくと、ひどく重たい話かもしれない。でも、楠本まきは最後に救済を用意しておいてくれている。軽いタッチでも深い意味合いの魂の救済を。自分が生きていてよいのか疑問に思ったときは言い聞かせる。必ずどこかに存在意義はあるのだと。そして、自殺日和の青い空を眺めて、私は今このときに自分が生きていることを実感させる。今日も私は、生きていていいのだと自分に強く言い聞かせる。まだその存在意義は見つかっていないのだけれど…

4403614663乾からびた胎児 (Wings comics)
楠本 まき
新書館 1997-07

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コメント

『乾からびた胎児』は僕も持ってます。軽いタッチで物語は進んでいくけどテーマはけっこう重いですよね。でも「この天才の俺様のためにおまえは存在するんだ!」って、すごいセリフですよね(笑)。笑えるけど救われる。人生にはこういう救いが必要なのかもしれませんね。ナルアキの「自分が生きてていいのかわからない」って想いも他人事じゃないし。
やっぱり楠本まきの漫画のセンスはすごい好きです。男で読んでる人はあまりいないかもしれないけど。。

投稿: ユーキ | 2004.12.02 01:08

はじめまして、本好きPeopleのTBから来ました。
「乾からびた胎児」は最後の救済が心に効きますよね。「たまには誰かが補給してくれたっていーじゃねーかと 俺だって思う」この台詞が一番好きです。
楠本まきも本も猫も好きなので、また寄らせてもらいますね(^^)

投稿: nyar | 2004.12.02 11:32

更新をさぼったのに、コメントしてくださって、
ありがとうございますぅ~★現在、精神的に落ちています…
なので、とても励みになりました。

ユーキさん>
コメント、どうもありがとう!嬉しかったです。
男性で楠本まきさんを読んでる人は珍しいかも…
絵のタッチが少女漫画的なのが理由でしょうか?
タイトルといい、ストーリーといい、
楠本さんのセンスが私も大好きです。
ちなみに、私は「人生には救いは必要派」です(笑)

nyarさん>
はじめまして。コメントしてくださってありがとうです。
楠本まき好きで、猫好きなんですね。一緒ですね★
私も蓮見のそのセリフは、結構好きです。
そして、リンクしてくださってありがとうございます!
私もリンクさせていただきました。
猫好きPeopleなるものがあるのを初めて知りました。
猫ネタのときのTBで、ぜひ利用してみたいです。
趣味が合いそうなので、またゆっくりnyarさんのブログ、
拝見させていただきますね。

投稿: ましろ | 2004.12.02 12:54

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