« オカルト | トップページ | 美人画報 »

2004.11.16

死亡告知

 2000年12月21日、自身のホームページ上に「死亡告知」の4文字を残し、薬物大量服用による自殺未遂で生死をさまよった作家・貞奴(さだやっこ)が書き上げた小説集「死亡告知」。15歳の頃から数えて3度自殺未遂をしている私には、著者の綴る言葉が痛いほどわかる気がした。ここまで自分の思いを公表していいのか、あくまで小説であるフィクションなのか、読み進むうちにわからなくなってしまった。

 一体、何がしたいのでしょうか……
 わかりません。
 結局、何がしたいのでしょうか……
 わかりません。

 これらの言葉には、自分の存在の不確かさや「無」の世界が感じられる。私自身も自分がわからなかった。何をしたいのか、何のために生きているのか…。自分の意志とはうらはらに、気がついたら大量に薬を飲んでいた。気がついたら15針も縫うほどに手首を切っていた。そして、気がついたら数日が経っていて、病院のICUのベットの上だったり、閉鎖病棟の檻の中だったりした。死にそこなった自分がただただ惨めだった。著者の言葉を借りれば、「どう死んでみても、所詮、ただの犬死」である。

 目がしっかり覚めてみると、ちょっとした記憶喪失。救急車に乗ったことも、胃洗浄されたことも、病院の人たちに暴力をふるったことも、暴言を吐いたことも…。数日が経ち、記憶のなかった時間の出来事を知らされるのである。ショック以外の何ものでもない。気持ちが多少落ち着いてくると、「生きている実感」なるものが湧いてくる。まだ生きているという物凄い罪意識。著者と同じく、おもむろに。そして、許しを乞う。誰に対してなのかはわからない。ただ見舞いに来る人に、「許してください。堪忍してください。申し訳ない。ご免なさい」と。そんなことを口にするしかない。けれど、そう言葉を発したとしても、まだ心の中は死にたい気持ちでいっぱいである。死にそびれたこと、助かってしまったこと、今も生き続けているということは心に闇を深く残す。長く生き地獄が続くのだから。そして、それは周囲の人たちに連鎖してしまうのだと知った。特に家族に。

 でも、去年も死にそこなった私は「生きなくては…」と日々思うようになった。毎日毎日、自分自身に言い聞かせる。正直そうしなければ、また深い闇に陥りそうになってしまうからである。「生きなくては。生きなくては。しっかり日々を生きなければ…」と、呪文のように心の中でつぶやいている。これからは、自分に真摯な生き方をしたいと…

4309014313死亡告知
貞奴
河出書房新社 2001-09

by G-Tools

人気ブログランキングへ
にほんブログ村 本ブログ←宜しければクリックお願い致します。

|

« オカルト | トップページ | 美人画報 »

74 その他の本」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/1981489

この記事へのトラックバック一覧です: 死亡告知:

« オカルト | トップページ | 美人画報 »