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2004.10.04

エミリー

 今やロリータや乙女のカリスマの名が定着した嶽本野ばら氏。今年公開された映画「下妻物語」の著者と言えば、「あぁ、その人か」と、なってしまうほど遠くへ行ってしまった気がして、デビュー作「ミシン」からずっと初版を買い、読み続けている私は少々複雑な気分になる。近々、新作が発売になるので、ちょっとアピールをと。

 全作品好きだけれど私はロリータではないし、乙女と言うには「年齢が…」という中途半端な世代。野ばら氏の作品と出会った頃は、乙女だとまだ堂々と言えたのに…

 野ばら氏の作品の魅力は、なんと言ってもどの作品にも通ずる孤独感、生きていることに対しての罪悪感、この世に生まれてきた理由や居場所を探す登場人物たち、にあるのだと私は勝手に思っている。そして、魂を揺さぶられるような心に響く言葉が丁寧に紡ぎ出されているところが、最大の魅力ではないだろうか。そんなことを感じながら、私は繰り返し読んでいる。

 中でも、一番野ばら氏の魅力が全開なのがエミリーという本だと私は思っている。「死のう、死のう、明日こそは死のう、明日が無理なら明後日、何が何でも絶対に、どんなことがあろうと死なねばならぬことよなぁと、ずっとずっと思い続けてずるずると、やってきたのです」こんな一文から始まる「エミリー」に収録されている「コルセット」。一番初めの私のブログを読んだ方なら、こんな似た気持ちを抱きながら今日まで生きている私の心がすっと野ばらワールドに入り込んでしまったのは納得されるでしょう。

 そして、表題作「エミリー」では、「生まれてきて良かった。この残酷な世界に生み落とされたのは、きっと貴方に出逢う為だったのですよね」という印象的な言葉。この主人公の少女は、初めて自分が生きていることに喜びを感じ、自分の居場所を見つける。こんなふうに、私もいつの日か自分が生まれてきたことに感謝する日が訪れるのだろうか。そして、強い心を持ち、いつか出逢える貴方にふさわしい女性(乙女)へと成長し…そうでありたいと切に願う日々。

 私の乙女心は、まだ健在か…?「いつか、王子様が…」なんてことは間違っても思ってはいないが、ちょっとだけひそやかに期待しつつ。

4087478181エミリー (集英社文庫)
嶽本 野ばら
集英社 2005-05-20

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33 嶽本野ばらの本」カテゴリの記事

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コメント

ましろ様、お久し振りです。岡枝です♪ましろ様と違って、正しく映画『下妻』から嶽本街道を直走っております、素人さんな私ですが、本日、って言うか昨日、ようやく『エミリー』を読み終えました。表題作には…泣いちゃいました。今まで読んだ嶽本氏の作品では最高に素晴らしかったです。

‘野ばら氏の作品の魅力は、なんと言ってもどの作品にも通ずる孤独感、生きていることに対しての罪悪感、この世に生まれてきた理由や居場所を探す登場人物たち、にあるのだと私は勝手に思っている。’

↑私も勝手にそう思ってます。孤独感の無い嶽本小説なんて、想像できません。けれども私にとっては、その登場人物達が孤独であると同時に孤高であって、そこが魅力的で堪りません。ただ孤立するだけではダメ。孤独をこれでもかってほどに身に染みさせて、初めて人は孤高に至れるのかな?って嶽本小説を読む度に思います。

‘私の乙女心は、まだ健在か…?「いつか、王子様が…」なんてことは間違っても思ってはいないが、ちょっとだけひそやかに期待しつつ。’

↑大いに期待してくださいませ♪私も留学でのお勉強に引き続き鬱病に引き続きお仕事三昧でした30歳前半までは半ば諦めておりましたが…まぁ、王子様には程遠くとも結婚相手なぞにも恵まれまして。人生、何が起こるか分かったもんじゃございませんことよ。私は良き恋愛相手に出会うには、何よりもまず、自分を知ることが大切かな?って思ってます。ましろ様はそれが充分出来ていらっしゃると思うので、何時かきっと素敵な出会いが有るとも申せませんが、無いとも断言することはございませんでしょう。

‘でも、強くなりたい。強い力が欲しい。まっすぐに生きたい。そう思えるようになった。’

↑やっとこさ、ましろ様の一等最初のログを探し出して読ませて頂きました。最後にこのように書かれていらしたこと、覚えてらっしゃることと存じます。けれど、私はこれを読ませて頂きまして…強くなる必要なんかないのに、と思ってしまいました。いえ、ちょっと違いますね…御自分の弱さを既に把握していらっしゃるましろ様は、御自身が思ってらっしゃる以上に既に強いのでは?と思いました。これは単なる私自身の重症鬱病経験に基づいた感想で、全ての方に該当するなどとは決して思いませんけどね。

でも、私が迷える二十代前半当時にお仕事で御一緒したさる映画監督さんの奥様が、私の在り方についての諸々の悩みなぞを延々と聞いてくださいましては一言、「30過ぎたら必ず楽になれるわよ。私自身がそうだったから。今は信じられなくても、私がこう言ったことだけは頭の片隅に置いて忘れないでね」…って一言じゃねーな。でも、まぁそんなことを言って下さって、当時は阪半信半疑でしたが、見事にその通りでした。

勿論、今でもそこそこ悩んだり凹んだりしまし、自律神経も失調しちゃってますが…でも、二十代と比べるととっても楽ちん♪弱いままで楽ちん、弱いからこそ楽ちん。楽ちんはいいよ。ましろ様の御猫様方も、我家の連中同様にいつも楽ちんしてるでしょ?

何か色々偉そうなこと書いちゃって、御機嫌損ねちゃったらごめんね。でも祈ってるよ、ましろ様が早く楽ちんになれますように!って。では、また遊びに来ますね♪TBも後ほどさせて頂きます。

投稿: 岡枝佳葉 | 2005.03.17 01:30

コメント&トラックバックありがとうございます!
こんな古い記事まで読んでいただけて光栄です。しかも、初めの頃のものまで読まれてしまったのですね…かなり恥ずかしいです。が、全文書き直しているのでちょっと安心。とても読めた物ではなく、非公開にしていました。実はメンタル系のブログだったのです。サブタイトルも変えました。名残はありますが…

岡枝さん、泣いちゃいましたか。『エミリー』、いいですよね。今もこの作品が私の中では野ばらちゃん作品ベスト1なのです。

“孤独をこれでもかってほどに身に染みさせて、初めて人は孤高に至れるのかな?”

↑については、同感です。孤高の人というのには憧れすら感じます。孤独は嫌ですけど、孤高というのはいい意味に聞こえます。‘ひとりだけ離れて超然としていること’などと私の手元の辞書にはありますが、自分をよく知っている(強さも弱さも)上に精神的な強さを持っている人と考えています。私には精神的な強さが足りていないですし、自分の弱さを認めるということがまだ出来ていない気がしています。周囲や家族にはいろんな意味で「しっかりしている」とか「充分強い」と言われてはいますが、自分ではまだまだだと感じているんです。自分の脆さに気づく瞬間、かなり凹みます。天候が悪いときは特に…

おぉぅ、30代になると楽ちんになれるのですか?弱いまま、弱いからこそ楽ちん。いいですね、そういうスタンス。そう考えられないもどかしさを思うと、やっぱり病んでるのだなぁと実感しますけど、その頃には…何とかなんてるんでしょうか。何とかなっていて欲しいです。そして、出来る限り理想の自分に近づいていたい。

実は「楽ちん」という言葉、かなり好きなんですよ。稲葉浩志さんのご自宅のトイレには「楽ちん」と書かれた書があるそうです。本人直筆の。そのセンスに◎。

投稿: ましろ(岡枝さんへ) | 2005.03.17 17:46

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この残酷な世界に産み落とされた全ての方々へ
[Art Grey]
嶽本野ばら様の『エミリー』なる恋愛小説に涙してしまいました、恋愛嫌いな私の感想文♪ [続きを読む]

受信: 2005.03.17 01:34

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