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2004.09.26

薬指の標本

 私がこの小川洋子著『薬指の標本』という小説と出会ったのは6年前。厳しい寮生活をしていた頃のことだった。その頃の私は、自分の存在意義だとか、生き方だとか、正解のない問いかけの答えを探していた。将来についての希望や夢なんてあまりにも遠過ぎて、私には一生かかっても手の届かないものであり、その日その日を過ごすことで精一杯だった。

 寮生活に慣れた頃、ふと入った本屋さんで見つけた「薬指の標本」という文字。理科室にあるホルマリン漬けの気色悪い標本が、頭の中にぽっと浮かんだ。正直、気持ち悪くなり、他の本に目をうつした。けれど、「薬指」というのが何だかとてもひっかかった。「薬指」には「指輪」というイメージが私の中にあったからだ。その指を標本にするということが、すごく特別なことに思えた。一生の誓いを、かたちあるものとして永遠にするような痛々しい愛。自分の身体の一部を愛する人のために捧げる狂おしいまでの熱い感情…本を手にとっただけで、様々な思いが私の中に浮かんできた。これが、小川洋子さんの本との出会いだった。

 読んでみると、文章はとても静けさに満ちていた。生々しいほどの描写でも、常に冷静に語られる物語。登場人物の会話も最小限で無駄がない。こんな文章と出会ったのは初めてだった。ゆっくりとひそやかに奇妙な愛が進んでいく。痛みを伴うその愛は、透明感のある繊細な文章の中では当然の出来事のように思えてくる。不思議な独特の世界がそこにはあった。そして、自分の大切な物を標本にすることで、登場人物たちは何らかの存在意義を見つけているような気がした。私が標本にするとしたら何を選ぶだろう…そんなことを考えるうちに、自分がまだ大切な何かを持つほど長く生きていないことを知った。生き足りていないと。「生きなくては」…この小説は私にそう思わせた。

 昨年、出版され読売文学賞&本屋大賞を受賞したベストセラー「博士の愛した数式」もかなり好きだし、素晴らしい作品。でも文庫派な方には、小川洋子さんの作品の中でも一番安く買え、独特の世界を楽しめる「薬指の標本」がイチオシ!最近、絶版だった福武文庫の「余白の愛」が他社の文庫から発売されている。

4101215219薬指の標本 (新潮文庫)
小川 洋子
新潮社 1997-12

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