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2004.09.24

真昼の花

 最近、文庫化された角田光代著『真昼の花』。この本は、単行本『地上八階の海』を改題したものである。

 内容は異国を旅する女性のお話。いくつかの国境を越えて、気に入った場所に飽きるまで滞在する。けれど、時間が過ぎていくと、自分がその場所にいる意味は薄れてゆく。この先に見たいものがあるからこのようなことを続けているのか、帰るきっかけを失ってこうしているのか、先に進みたいからなのか、何かを得て帰りたいからなのか…

 彼女の兄は24のとき仕事を辞め、どこへ行くのか告げずに家を出た。2ヶ月か3ヶ月かに1度、無事であることを葉書で知らせてくる。幼い頃に父を亡くし、ついに母を亡くした彼女は、自分が家にいることの必然性がないことに気づき、24になると兄を真似て、どこかに行ってしまおうと決意する。

 それまでの彼女は、大学卒業後も就職するわけでもなく、アルバイトを転々としていた。どこにも慣れることなく、仕事を覚えて環境に馴染み、それが日常となる頃、知らぬ間に別の自分にすり替えられた別の誰かになってしまうのでは…と思ってしまうのだった。そう、彼女はどこかに所属することをひどく恐れていた。

 旅先での彼女は、観光客のいる安全な道からふとした好奇心で、路地に入りこんでしまう。自分がどこにいるのかわからないまま…。元来た道に戻れなくても、このまま知らない場所に行ってしまっても「私はまだ帰らない」と幾度もつぶやきながら。

 国境を越えたときに彼女が感じた違いは、宗教や言葉や生活様式といった当たり前のことではなく、貧しさだった。物乞いたちのひしめく異国。この国に赴任してくる日本人は、例外なくプールとメイド付きのアパートメントという。

 そんな国で、彼女が無一文になったときに出会う男性が言う、「お兄さんが帰らないのは、そこが魅力的な所だから帰ってこないとあなたは言ったけれど、何かを見た、何かを得た、だから帰らないというよりも、モラトリアムを伸ばしすぎて現実に帰れないだけなのではないか。全部揃っているのに飽きてわざわざ不便な所へ来て、ここの人たちの貧しさに溶け込もうとしても何もわからない」と。

 この言葉には、静かな余韻が残る。解釈は人それぞれだが、私には心に突き刺さる程の痛さ。異国を旅しようとは思わないまでも、何かしら誰かしら自分の居場所を探している。けれど、それは簡単に見つかるものではない。いつのまにか居た場所が「何だか心地よい」と思えたら、そこが居場所なのかな…などと漠然と思う。

4101058229真昼の花 (新潮文庫)
角田 光代
新潮社 2004-08

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