18 久坂葉子の本

2006.05.22

ドミノのお告げ

20050520_005_1 “終っちまった恋”という言葉が、わたしの中で渦巻いている。今にも雨が降り出しそうな、危うい空模様みたいに。久坂葉子・著『ドミノのお告げ』(勉誠出版)『幾度目かの最期 久坂葉子作品集』(講談社文芸文庫)収録の、「幾度目かの最期」に出てくるこの言葉は、その音と字面で生き物のごとく、わたしに存在を主張してくるのだ。その主張は、なんとも心地よくも苦しく深く射し、迷いも悔いも少しずつ、でも確実に呑み込んでゆく。これが、正真正銘の感性というものなのか。本物というものか。後退りしつつも進むのは、きっと久坂葉子という人に強く惹かれたゆえだろう。21歳。あまりにも若く、あまりにも酷。当時も今も、生き急ぐ者は絶えない。

 まずは、表題作「ドミノのお告げ」。この作品は、「落ちてゆく世界」を書き直して芥川賞候補になった。没落してゆく家の様子が、年頃の娘・雪子の視点で語られていく。昔気質の病気の父親、従順に仕えつつも宗教に没頭する母親、身体が弱く入院している兄、音楽に夢中な弟。この家族に深く根付いているのは、世間体というものだ。それも、過去の栄光をかざした。少しずつ家からさまざまな物が売られてゆき、その日その日を繋いでゆく。こっそり働く雪子だが、少しばかりの稼ぎは物欲にかなわない。今後の身を案じて、運勢を占ってもらうことにするものの、夜な夜な繰り返される賭け事遊びには危機感は少しもない。彼らはずっと、甘い暮らしを続けて落ちてゆくのだな、と予感させる。完結するのは、死をもってか…

 続いては、「華々しき瞬間」。この作品で印象的なのは、絡み合う人間関係である。色気というもの、艶というもの。そういうものを醸し出す年齢の男女が、それぞれに装いながら上辺だけの会話をするのが、面白い。まさにこれは、愛憎劇。ふと立ち入った商売気のない喫茶店カレワラを接点として、そこに出入りする人々がある種のゲームを楽しむ。或いは、苦しむのである。それに加えて女史は、南原杉子と阿難(アナン)という2つの名の女における自分自身への模索がじりじりと混ざって、物語は魅力的に染まってゆく。自分の中にある秘められた2つは、1つを押しやろうと企みはじめる。揺れ動く女心というものは、何と儚く散るのだろう。そして、何としぶとく居座るのだろう。

 最後に「幾度目かの最期」を。これは遺稿だと云う。小母に宛てた長い遺書のような作品である。一人の作家である前に、一人の女性であったのだな、と思いめぐらさずにはいられないのは、やはり冒頭で触れた“終っちまった恋”という言葉を見つけたときだった。言葉遊びのように用いられたのかも知れないが、何だか妙にひっかかったのだ。恋が終わるのは、ひどく苦しい。訳もわからずに苦しい。久坂葉子という人は何もかもが苦しく、何もかもをひどく苦しく考えたのではないだろうか。3番目に収録されている「久坂葉子の誕生と死亡」という自らでその生と死を綴った文章を読むと、何だかすべてが苦しくなる。あまりにも短かった生は、その密度を濃くしてわたしの前に立ち塞がるから。

406198425X幾度目かの最期―久坂葉子作品集 (講談社文芸文庫)
久坂 葉子
講談社 2005-12

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