14 金原ひとみの本

2007.05.29

アッシュベイビー

20070528_030 愛する人が与えてくれる死。それはある意味、究極の愛なのかもしれない。自ら望んで求めるその行為は、悲しみと憎しみとを超えてしまうほどに幸福感が漂っている。いや、自ら幸福を言い聞かせるようにして、幸せなふりをし続けるのだろうか。虚しい。とにかく虚しい。そして人はやはり孤独、とでも言うべきか。それでもなお、死も生も性もいびつな美しさを放っていると思わずにはいられなかった。金原ひとみ著『アッシュベイビー』(集英社文庫)は、ひたすら愛する人による死を求めるアヤと、その周囲の人々をめぐる物語である。赤ん坊とルームメイト、その知人ら。不毛な繋がりがアヤを苦しませるほどに、物語は痛みを意識させてゆく。

 アヤの視点で描かれる物語は、歪んでいる。いびつな美しさを放ちながら。些細なきっかけからルームメイトになったホクトは、小児性愛者。その知人である村野は、あまりに冷淡で掴み所がない。やがて、アヤは村野に対して強い執着を抱くようになる。その後、ホクトがどこかから赤ん坊を連れ込んだことから、アヤの生活はあらぬ方向へ進んでゆく。欲望の極みとでも言うべきか、アヤは愛する人が与えてくれる死を望み続ける。死。それは、愛のもたらす幸福か。はたまた、存在の消滅か。物語はアヤの思考の中で、ぐらりと大きく揺れてゆく。その揺らぎと独白に混じる、悲しき性というのが、痛々しいほどに鮮明に描かれているところが、ほろりとくる。

 アヤが繰り返す、悲しいほどに即物的な性行為。女の性というものは、複雑ながら犠牲的な気がした。全く相手にされない冷淡な男にもかかわらず、何度でも繰り返す“好きです”。その満たされない思いは、誰かの心に届くわけもなく、鋭いナイフとなって自分自身に戻ってくる。ずずっと肉にめりこむのはあっという間で、やがてそこに傷の裂け目がありありとぎらつく。そして思う。“私は裂け目を持っている”と。ときに疼き出すような、熱の核としての部位を。幾度も押し広げられることに対して、あまりにも純粋だからこそ、物語に始終漂う虚しさが痛い。それでも、結末は唐突に訪れ、なんの救いも渡さずに途切れさせる手法は、深い余韻を読み手に与えてくれる。

4087461572アッシュベイビー (集英社文庫)
金原 ひとみ
集英社 2007-05-18

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2007.05.22

ハイドラ

20070507_44028 どこまでも堕ちゆく感覚というものに、酔いそうになることがある。なにも、すべてに絶望したわけじゃない。じわじわと破滅に向かう自分というのが、妙に愛おしく感じるのだ。わたしにとってそれは、普段は意識できずにいる自己愛のようなものであり、ついつい疎かにしてしまう自分自身へのある種の擁護であるに違いない。甘さと厳しさと。2つの事象の狭間で、揺れ惑う感覚にも近い。金原ひとみ著『ハイドラ』(新潮社)は、わたしのそんな部分をつんと刺激し、ほのかな痛みを残していった。いわゆる人の持つ闇の部分。そのダークな面を掘り下げたこの作品は、ある種の病理まで描くが、むしろぬくもりのようなものを強く印象づけているように感じられた。

 読者モデルを経て、カメラマンである新崎の専属モデルとなった早希。新崎と密かに同棲しているが、すれ違いの日々を送っている。そんな時、友人の知り合いの紹介で、ミュージシャンの松木と恋仲になってしまう。松木の曇りのない気持ちに惹かれてゆく早希。けれど、同時に、新崎の冷徹なまなざしに呪縛のように囚われる思いも抱えていた。複雑に揺れる思いと、繰り返されるチューイング(食べ物を噛んだあと、呑み込まずに吐き出すこと)と嘔吐。早希の身体は悲鳴をあげつつも、その行為をやめられずにいる。食べることへの罪悪感は、新崎への切なる思いと比例して、早希の心も身体もがんじがらめにしてゆくようでもある。何だかとても、悲しい展開だ。

 タイトルの「ハイドラ」。どうやら、頭を切るとまた生えてくる九頭の怪蛇のことで、根絶し難いものを意味するらしい。物語では、恋愛の心理構造をこのハイドラに例えているようで、早希の思いや行動はもちろん、新崎をはじめ、その周囲の人々もまた、このハイドラという言葉が当てはまってしまう。物語ほど極端ではないにしろ、個人差はあれ、もしかすると誰もが皆、ハイドラ的な部分を備えているのかもしれないと思うほどに。冒頭のわたしの思考もまた、ハイドラ的と言えなくもない。人間の闇の部分を刺激する「ハイドラ」。その途方もなく広がる世界に、触れたら最期とわかっていても、ついついのめりこんでしまうのは、きっと人間の性というものだろう。

4103045310ハイドラ
金原 ひとみ
新潮社 2007-04

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4101313318ハイドラ (新潮文庫)
金原 ひとみ
新潮社 2010-02-26

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2005.07.19

AMEBIC

20050702_012 錯乱した文章から始まる、金原ひとみ・著『AMEBIC』(集英社)。改行の少ない文体と、極端に少ない登場人物。主人公である20代の女性作家の混沌とした心の内面が、ひたすら描かれてゆく。それは、現代社会に生きていれば、誰もが感じるであろう悲しみや、寂しさ、孤独感、危うさであるのかもしれない。心のバランスをぎりぎりのところで保ちながら、何とか生きる姿に共感する人は少なくないだろうと思う。正常と異常の狭間とでも言うべきか、タイトルになっているアミービック(アメーバー状)な感覚は、私にとっては意外と身近なものだった。

 この物語の主人公は、ときどき意識が朦朧とし、文章を書き残す癖がある。それを彼女は“錯文”としている。錯文は、言葉にならないリアルな感覚を思いにして、不思議と心にすっと入ってくる。口にする固形物はサプリメントと薬と漬け物だけという、主人公の異常な食生活にしても、次第に慣れていく。いつの間にか、主人公に同化してゆき、体の中に食物を入れるという行為が、気持ちの悪いことのように感じている自分に気づく。いわゆる“普通の健康な人”から見たら、主人公のアミービックな世界の方が気持ちの悪いものであるはずなのに。物語の世界に浸り過ぎてしまったのか。それとも、人を惹きつける魅力溢れる作品だからか。

 そして、主人公は、タクシーに乗ると、嫌悪感を抱いているはずの恋人の婚約者になりきる。29歳。パティシエをしていて、来月結婚する予定で、六本木に住んでいて、好物はスイーツ、パスタ。アルコールは赤ワインが好き。32歳までに子供が欲しい…知らないことは、自分でどんどん脚色してゆく。他のディテールについて話し出すと、さらに絞り込まれ、その都度快感を味わう。似非人間として楽しむ。神である私(主人公)が、ただの人間の振りをしているように。自分を“神”にまでもちあげるのは、なかなかないにしろ、他者になりきることは多くの人がやっていることかもしれない。

 それから、一番印象に残ったのは、物語の前半で語られる1つのエピソードについて。主人公が子供の頃に、“ライン踏み”をしていたと語る場面である。“ライン踏み”とは、ガードレールや電柱などの、道の両脇に立っている物が道路に対して真っ直ぐに倒れ、垂直に線を延ばしているものと想定し、そのライン上に足を乗せて歩くというもの。用水路の蓋の切れ目や溝などもラインとして認識する。実はこれ、私もやっていた。小学校から家までの距離があまりにも長かったため、自分にルールを課して帰ったのだった。実に孤独なゲームである。自分にしかわからない楽しみというのは、孤独がつきまとうものなのか。主人公の孤独と私の孤独とが、結びついたのを感じた。

4087462528AMEBIC (集英社文庫 か 44-3) (集英社文庫 か 44-3)
金原 ひとみ
集英社 2008-01-18

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